ヘタな文@ほぼ映画
| 06/11/30(木) | |
| 19:24 | 1.ニコール・キッドマン 1600-1700万ドル 2.リース・ウィザースプーン 1500万ドル 2.レニー・ゼルウィガー 1500万ドル 2.ドリュー・バリモア 1500万ドル 2.キャメロン・ディアス 1500万ドル 6.ハル・ベリー 1400万ドル 7.シャーリーズ・セロン 1000万ドル 7.アンジェリーナ・ジョリー 1000万ドル 9.キルスティン・ダンスト 800-1000万ドル 10.ジェニファー・アニストン 800万ドル ワォ! キルスティン初のトップ10入りだ! なんと1000万ドル女優の仲間入りしてたのか〜 つ〜か日本でも超人気のアンジェリーナと並んで、キャメロンとの差ももう少しじゃないか!!!!!! スパイダーマン3が公開されればまた上がりそうだな〜 【画像はオートグラフにサインをするキルスティン・ダンスト。 気さくな大スターです】 |
| 06/11/29(水) | |
| 23:14 | 以上、テキサスチェーンソービギニングの感想から連続で17本この10月〜11月に劇場で公開された新作の感想でした。 10月は他にもスネーク・フライトもWTCもワイルド・スピード3もイルマーレも見たんだったな〜 となると2ヶ月で21本、多分人生でもっとも映画館に足を運んだ2ヶ月だったのかも・・・ もう今年も残り少なく、 あとは『007カジノロワイヤル』でしょ 『硫黄島からの手紙』でしょ、 『エラゴン』でしょ 『シャーロットのおくりもの』でしょ 『スキャナー・ダークリー』でしょ、 あと気になるのは『キング 王の罪』と『イカとクジラ』ってことですか。 そうそう、ある映画の試写状も届いていますがタイトルはナイショにしておきます。 勿論見たらいち早く一般公開前に感想を載せますよ。 さて、来年はいきなり『マリー・アントワネット』が1月6日に全国公開だけど、もう見たからね〜(笑) でも一応2回目も見ますよ勿論。 そろそろ2006年のベスト&ワーストつけなきゃね〜 【画像は10月に買って最近早くも走っていないNike+。この為にipod nano買ったのにね】 |
| 23:04 | ストーリー・ 1920年。長きにわたりイギリスの支配を受けてきたアイルランドでは、疲弊した人々の間に独立の気運が高まっていた。そんな中、南部の町コークでは、医師を志していた青年デミアンが、ついにその道を捨て、兄テディと共に武器を取り、アイルランド独立を目指す戦いに身を投じる決心をする。そして、イギリス軍との激しい戦いの末に、イギリスとアイルランド両国の間で講和条約が締結された。しかし、完全な独立からは程遠い内容に、条約への評価を巡ってアイルランド人同士の間に賛成派と反対派の対立が生まれ、ついには内戦へと発展してしまう。そして、デミアンも兄テディと敵味方に分かれて戦うことになるのだった…。 感想・ ―本年度カンヌ映画祭パルムドールのローチ新作は終わりの無い醜い争い― アイルランド独立闘争って個人的には殆ど知識が無く、アラン・J・パクラの『デビル』でその後の深いテロリズムの溝が描かれていたくらいで正直歴史背景だとかはイマイチ分かっていない。そんな状態で本作を見たのがいけなかったのか、アイルランド人とイギリス人の争いの焦点が見えてこなかった。 一体彼らは何に突き動かされて殺し合いをするのか全然見えてこない。しかし民族間の争いという点から考えると納得がいく。それは勿論今日ならではだ。 なぜ彼らは殺し合いをするのか、そんな根本的な問題を考えて双方が理解しあう。それこそが平和への第一歩なのだが本作はそこを通り過ぎて本作が語るのは報復が産むものは報復というスピルバーグの近作『ミュンヘン』のような教訓臭くないメッセージだ。ここが正にケン・ローチらしいアプローチ。本作はすこしアイルランドよりすぎる演出かもしれない。それでもドラマを際立たせてストーリーに没頭させるためには一方的視線も不可欠だったのかもしれない。 人を殺す理由がしだいに分からなくなってくる。なぜ自分は人を殺してまで自由を手にするのか。でも戦争ってこんなものだ、と突っ放し冷徹にアイルランドの人々を描いたローチの演出こそさらに争う事の醜さを際立たせている。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 20:24 | ストーリー・ オーストリア皇女マリーは、14歳にしてフランス王大子ルイ16世の元へ嫁ぐことになった。結婚生活に胸を膨らませていたが、待ち受けていたのは、上辺だけ取り繕ったベルサイユ宮殿の人々と、愛情のない夫婦生活。ルイは必要な事以外はマリーと口もきかず、同じベッドに寝ていても、指一本触れない。愛情深く育ったマリーだったが、悪意溢れる噂に傷つき、やがて贅沢なドレスやパーティーに心の安らぎを求めるようになる。 感想・ 世界史の教科書で勉強した人でもマリー・アントワネットについて詳しく知ることはできない。それこそ1行2行そこそこでギロチン死刑になった、というくらいの説明だもの。そう、マリー・アントワネットについてなんてアメリカ人も日本人も殆ど贅沢な貴婦人というイメージしか持っていないのだ。これこそソフィア・コッポラが狙ったところ。ベッドの上で『Let Them Eat Cake』なんてキルスティン・ダンストが言っちゃうところなんてアントワネットを漫画のように見れる人にとってはOKだが、自国フランス人にとってはこれ上な侮辱なのかも知れない。そこがこの映画にノレるかノレないかも分かれ目。前半はアントワネットが宮廷に招かれ、跡継ぎに励むルイ16世とアントワネットを現代の冷めた夫婦のように現実感バリバリで笑わせ、テンポも丁寧さが際立つ。それが中盤吹っ切れる。前半で抱いてきたモヤモヤ感のあるアントワネットが鳥のように羽ばたくかの如く、豪勢なお料理を食べ、豪華な靴や衣装でパーティ三昧を味わい正に『The Party That Started A Revolution』。ここからはもうソフィア節が炸裂し、前半で憂鬱な宮廷を『ロスト・イン・トランスレーション』の日本のようにみせたかと思えばこの中盤からはさながら吹っ切れて東京の街を走り回るスカーレット・ヨハンソンの役柄のようなノリ。誰もが一度は経験する【孤独】をまたまた、しかも今度は史劇で描いて、ソフィアの自分の孤独感を共感して欲しいという欲望がまたまた空回り。だって夫に夜の付き合いをされなくてパーティ三昧を繰り広げ、それを孤独への開放と描いているところが全くもって自己陶酔だ(もしスパイク・ジョーンズのこと、と指されても仕方がないほど)。しかもソフィアのセンスに全ておまかせしたヴィジュアルの連続にも萎えてしまう。処女作『ヴァージン・スーサイズ』との旧友キルスティン・ダンストが原っぱで幻影的なモンタージュで映像を支配してしまう。このシーン、ソフィアのセンスが【クールで可愛くてガーリーで最高!】と取ることが出来れば本作の見方が180度違ったものになるのかもしれないが、個人的にはまたまた同じ事を繰り返しての自分のセンスに酔っているソフィアがカメラの向こう側に見えるようで正直ウンザリだ。 とはいえ、全く彼女のセンスを否定することができなく、構図的にハッとする美しいショットが多数あるので侮れない。特にギロチン前に民衆の前で頭を下げるアントワネット、ラストのギロチンを描かずも荒れた宮廷を映し出すショットなど、前記したソフィアのセンスだけでは処理できない奇跡のショットで救われ、Siouxsie&The BansheesのHong Kong Garden、The StrokesのWhat Ever Happenedなどの完全にアントワネットの生きた時代のパーティで流れない音楽の融合も楽しく、ゴチャゴチャ感のある煮物のような魅力で押してくる。 確かにアントワネットその人について、フランス革命について、ルイ16世について、少しは知っておいたほうがより知識が使えるのかもしれない。しかし本作のような歴史を無視した作りの映画には歴史を知らずに見たほうが純粋に世界へ入り込むことができるだろう。マリー・アントワネットのことを異世界の孤独感で苦しむ14歳の普通の少女として描いているところは堅苦しい教科書に沿った伝記映画よりもよっぽど映画的で面白い。 そんなソフィアの世界観が全面に出た本作の中でアントワネット演じるキルスティン・ダンストも情感たっぷりに演じて決してソフィアの操り人形として機能しない。キルスティンの得意な崩れた女の魅力(過去作としてはガールズ・ルール、モナリザ・スマイルなど)も久しぶりに全快だ。 【画像はマイポスター アメリカ版オリジナルとフランス版ミニポスター】 |
| 20:18 | ストーリー・ 幼くして両親を亡くし、修道院で孤児として育てられたナチョ。大人となった今はその修道院で料理番として孤児たちの面倒を見る日々。しかし、お金のない修道院では子どもたちに満足な食事を与えることもできない。そんなある日、街でルチャ・リブレのスター、ラムセスの豪華な暮らしぶりを目にしたナチョは、自分もレスラーになってお金を稼ぎ、子どもたちにおいしい食事をあげようと決意する。ところが、ルチャ・リブレは修道院の老僧やナチョが憧れるシスター・エンカルナシオンから忌み嫌われていた。そこで彼は、修道院には内緒で試合への出場を決め、ひょんなことから知り合った謎のヤセ男を相棒に、奇妙なトレーニングを開始するのだが…。 感想・ ―デブの腹から滲み出る汗に熱くなれ!― フィルムからはマカロニウエスタンのようなきな臭い香りが漂い、濃いメンツがゾロゾロと登場。全ての人間がメキシコ人に見える。バリバリの白人のジャック・ブラックでさえナチョスをほおばる姿で一見すればメキシカン。そんな白人が演じていてもメキシカンな何でもアリの世界が展開する本作は90年代初頭に作られたフランス映画『グランマスクの男』からインスパイアされたようだ。しかしインスパイアも初期設定のみ、マスクを被る修道者の風貌もジャン・レノのような頼れる修道者とは程遠い。 この作品がインスパイア作とはいえ完全にオリジナリティ映画に感じられるのはジャック・ブラックに尽きる。 彼の魅力を最大限まで引き出したマイク・ホワイトの脚本は『オレンジ・カウンティ』『スクール・オブ・ロック』から継承され、その太鼓っ腹ぶりはどの作品にも負けていない。ストーリーの方は人情喜劇ということで『バス男』の奇妙な世界を築いたジャレット・へスにしては物足りないかもしれなし、ベタな笑いも彼の『バス男』とは異質の世界。ヘス監督の独自のワールドが底にあるのは間違いないが、それも全てジャック・ブラックとマイク・ホワイトの脚本に良い意味で崩壊され広がるのはデブと痩せの滅茶苦茶劇。これがめっぽう面白く、オナラネタやらでノレない気品ぶった映画オタクは完全無視、予定調和ストーリーのお陰で曲がった笑いがゼロな所もストレートに痛快だ。 さあ皆で叫ぼう・・・・・ナァチョォォォォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 20:11 | ストーリー・ 太平洋戦争末期、硫黄島に上陸したアメリカ軍は日本軍の予想以上の抵抗に苦しめられ、戦闘は長引き、いたずらに死傷者を増やす事態に陥っていた。そんな中、擂鉢山の頂上に星条旗が高らかに翻る。この瞬間を捉えた1枚の写真が銃後のアメリカ国民を熱狂させた。星条旗を掲げる6名の兵士、マイク、フランクリン、ハンク、レイニー、アイラ、ドクは一躍アメリカの英雄となるのだった。しかし、その後祖国に帰還したのはドク、アイラ、レイニーの3人だけだった。国民的英雄として熱狂的に迎えられた彼らは、戦費を調達するための戦時国債キャンペーンに駆り出され、アメリカ各地を回るのだったが…。 感想・ ―一枚の写真が教えてくれる人間の素晴らしさ、愚かさ― アメリカの教科書は勿論のこと日本の世界史にも資料として記載されている有名な星条旗を掲げる一つの写真。たった1枚の写真(絵)から戦争が生み出す色々なものが見えてくる。 『プライベート・ライアン』のような戦争の真っ只中を描いた戦争映画とはまた違ったアプローチで第二次世界大戦を見つめたイーストウッド。形式としては星条旗を掲げた人物の息子が遠い日の父を探して関わった人々にインタビューしているというもの。殆どは回想でどこか過去のイーストウッド作『マディソン郡の橋』を彷彿させられる。 アメリカ軍が硫黄島に上陸する前の悲壮感、戦争の痛々しい現実、ここまでは最近のハリウッド戦争映画のお得意とするところだが本作が違ったアプローチに挑んだのはここからの話。 痛々しい現実が華々しい英雄談へと変化し人々にさらに戦意向上を促す、これを国債キャンペーンの一環として借り出される主人公達。戦争を英雄談に美化するのはメディアの危うさだし、これに国が関わっているのが恐ろしい。プロパガンダという言葉がピッタリと当てはまるところを描き戦争を炙り出す。ストレートに戦争はいけません!戦争反対!と訴えるよりもジワジワと主人公達が病んでいく姿を見ている方がよっぽど戦争を蔑視できるではないか。実はアメリカ映画では古くはこの手の戦争反対映画が多かったが大きな違いとして戦争における人間の負と正をキチンと描いているところだろう。戦争に殺人者は存在せず、人を殺した方が英雄とみなされる世界を生きた人間が旗を立てただけで英雄と祭り上げられる。友人が目の前で殺され、自分も人間の首を掻っ切っておいて豪華な料理を食べて皆にチヤホヤされる。常識のある人間なら誰もが気が狂いそうなほど矛盾した世の中である。こんな戦争の矛盾をイーストウッドはつぶさに見つめ決して正義や悪を描かない。描かれるのは懸命に生きた若者の苦悩だ。時には戦争を蔑視し、時には人を殺しておいてちやほやされる快感に酔う・・。 一つの写真から広げられたストーリーの巧さはさすがに昨年の『クラッシュ』を手がけた脚本家ポール・ハギスならではだ。戦争でも生まれてくる常に多国籍国アメリカが持つ人種偏見もハギスらしい味付けだ。 後半からは一気にこの戦争とは一体なんだったのか、と見つめなおし哀愁漂うメロディをつむぐのは正にイーストウッド節炸裂。『ミリオンダラー・ベイビー』のように最高潮の高揚だけで終わらず物語がそこから省みる後半がとても丁寧だ。イーストウッドに応える俳優陣もキャリア中ベストの演技を披露し、ライアン・フィリップ、ジェシー・ブラッドフォードらアイドル映画で育ったスターも映画のカラーに合わせて自分をコントロールさせ、アダム・ビーチも『ウィンドトーカーズ』のナバホ族以上にアメリカの人種差別をやりきれない演技で体現してみせている。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 20:02 | ストーリー・ ごく普通のアパート“コーブ・アパート”の管理人クリーブランド・ヒープは、廊下の掃除や電球の交換をするだけの単調な毎日を送っていた。ところがある晩、中庭のプールでストーリーと名乗る謎めいた女性と遭遇する。彼女は水の精“ナーフ”という存在で、“青い世界”からある目的のために人間界にやって来たという。やがて、クリーブランドは韓国系親子が語るおとぎ話をヒントに謎を紐解き始める。そんな中、ストーリーが“青い世界”へ戻ることを阻止しようとする恐ろしい怪物が現われる。クリーブランドは住民たちの協力を得て謎解きを進めながら、ストーリーが無事に戻れるよう懸命に奔走するのだが…。 感想・ シャマラン映画は一定のルールに従って動いている。抽象を意識しすぎて宗教的観念を押し付けてきた『サイン』にしても、保守性の危うさを描いた『ヴィレッジ』にしてもまずシャマランの築くルール(それが赤いものの象徴だったりサークルであったり)から物語を広げている。今回もズバリ、シャマランのルールで物語が制されている。つまりは見ているものがこのルールに乗れるか乗れないかだ。前記したが『ヴィレッジ』で行き過ぎの保守の危うさ、『サイン』で信じるものの心、『アンブレイカブル』では対象の存在、『シックス・センス』では自己の発見を描き、今回も思わせぶりなファンタジーの裏に横たわっているテーマが存在する。それは【物語】そのものの普遍的要素。確かにこれはこれでハナシだけでは中々良く出来ている、小説や映画で登場するキー人物がマンションの住人として自分の役割でストーリーを支えていく。実際シャマランの頭の中で最高傑作な脚本だったものかもしれないが、これを観客の押し付けてしまうと白けてしまう。まるでマトリックス リローデッド&レボリューションズのウォチャウスキーのように宗教色が色濃く、しかも自分の世界を展開しているだけで観客を遮断してしまうこの愚かさ。これをシャマランはベッドタイムストーリーと自負しているようだがそんな可愛げのあるもんじゃない。ポール・ジャマッティのコミカルさを『デュエット』以前に退化させるという罪まで作り、自らの出番を格段の増量しただけの自己満足映画じゃないか。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 20:00 | ストーリー・ 全米のみならず世界中に衝撃をもたらした巨大企業“エンロン”を巡る史上最大の企業スキャンダルの真相に迫るドキュメンタリー。エネルギー業界の規制緩和の波に乗り急成長を遂げ、ついには全米第7位の巨大企業となったエンロンは、一つの不正疑惑報道をきっかけに、わずか一月半で破綻に追い込まれることとなる。本作はそんなエンロン急成長の裏側で繰り広げられた欲に駆られた人間たちのモラルなき暴走ぶりを、元社員の証言や内部資料を基に暴き出していく。 感想・ ―欲にかられた人間の果てを見るドキュメンタリー― エンロンが崩壊した時世界でニュースになりリアルタイムで大事な事件と日本でも伝わったのを覚えている。個人的にはこの会社の存在ぐらいしか意識になくて何をやってそんなに大きな会社になったのだとか、どうして崩壊したとか疑問の方が多かったので本作はとても興味深かった。 まあハナシはエンロンって?というところから入るわけだれれどアメリカのいわゆるパイプライン会社。この小さな会社が15年で1000億会社になり世界で16位の超大企業になった。勿論その陰では様々な時期を経ているいるというわけで、何故会社が大きくなりえたのか、何故会社が倒産したのか。この大きな何故を巧くドキュメンタリーとして描かれたのが本作である。 時価会計を利用してエンロンの虚像を自分達で創り上げ、自社株を社員に買わせトップだけがトンズラして企業拠出型年金を騙し取るあくどい手を使い崩壊。その過程がエンロン上層部を通して描かれるが彼らも一人間だ。才能の使い方が悪く、いわばアナキンがダークサイドに転落していったようなものなのだ。本作はあくどい人間をだからといって悪人と一方的には描かず、強欲にかられて負けた人間のドラマでもある。 ドキュメンタリーとしての描き方も正統派で決して監督の意志だけで話は進まず、データや資料を観客への説得材料へと利用し、マイケル・ムーアのような独善的な危うさは一切ないのだ。そのため映画としてのエンターテイメント度は多少落ちてはいるが、企業が堕ちて行く、いや人間が欲にかられる姿を劇を通してではなく実際に目の前にしているかのようでとても生々しいドキュメンタリーだった。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 19:54 | ストーリー・ 建築士のマイケル・ニューマンは、美しい妻ドナと2人のかわいい子どもたちのためにと懸命に働く日々。いつしかそれは、仕事優先で大切な家族を顧みない生活となっていった。そんな時間に追われてばかりのマイケルは、煩わしいリモコン操作に嫌気がさし、どんな電化製品も一台で操れる“万能リモコン”を求めて街に出る。そして、怪しげな従業員モーティから、人生さえも早送りや巻き戻しできる不思議なリモコンを手に入れる。妻との口論を早送りしたり、犬の吠え声を小さくしたりと、人生を思い通りに操作し始めるマイケルだったが…。 感想・ ―安易だが下ネタと真面目さのバランスが良い― アメリカンコメディにも色々なジャンルがあるが中でもファンタジックを感じられるWhat if?というジャンルが存在する。ずばり『もしも…』を描いた人生変換型のコメディだが古くは『素晴らしき哉、人生!』から主人公が大人へと変化する『ビッグ』、神の力を得る『ブルース・オールマイティ』、『天使のくれた時間』など設定をちょこっと変えたような映画が多々あり、その全ての作品の根底に流れるテーマが【家族】又は【良心】を描いたものだ。 本作も筋的にはずばりWhat if?コメディ、怠惰な主人公が不思議な出来事を通じて今までの人生を悔い改める…もっとも安易に作れてアメリカではファミリー層も動員できて予算少なくてもガッポリと稼げる定番ムービー。しかも主演はジム・キャリーを落とす勢いのアダム・サンドラーで最後に落ち着くところが見え見えだ。 そんな安易で展開が見えていてもサンドラーの悪ノリについ笑ってしまう。やっていることが大人なのに幼稚なのがミソで、オナラネタやらセックスネタやらその笑いの殆どが下ネタという低レベルの笑いの応酬。でもここで退いたり冷めたりできない魅力があるのはやっぱりこのお下品さを巧い具合にかき消すサンドラーのお茶目さだろう。サンドラーの役どころは怠惰な父親というところで『ビッグ・ダディ』の役をそのまま5、6年後にした感じ。いつまでたっても大人になれない大人に共感してつい妻の喧嘩を早送りしたり、喧嘩中に2画面中継でゴジラ松井のホームランを見たり、おっぱいが揺れる美女のジョギングをコマ送りにしたり、出世するまで早送りにしたり・・・・・夢の玩具を手に入れた大人が子どもになっておおはしゃぎする様は大人になってもはしゃげない抑圧された我々大人たちの夢の世界。 この夢の世界ではしゃぐサンドラーの欲望を自分に投影しちゃうと下らない下ネタでも笑いのツボに。もっと分かりやすく例えて言うならば『ドラえもん』を。のび太が未来の道具を手にしてはしゃぐ様って大人でも共感しちゃう、その感覚をもっと身近にして実写にしちゃったのが本作と思って欲しい。DVDのようにメニュー画面からダース・ベイダーのごとくコメンタリーにまでジェームズ・アール・ジョーンズを登場させてとなんと贅沢な! だが、さすがにちょっとクドイ趣向もある。いくら万能リモコンが万能で使ったシーンをオートで送るとはいえ、ちょっと近未来映画化しすぎて似たような題材の『ブルース・オールマイティ』なんかよりも現実感に欠けてしまう。だからもうラストまでいかなくとも現実感溢れた本作のオチが夢であることは容易に想像がつく。 とはいえここまで未来化したおかげで【怠惰な】我々へ警笛を鳴らしてくれていると思えば一石二鳥。軽く普段食べているアイスもつもりつもれば…、家族と結ぶつきが少ないと知らぬ間に妻を取られたり・・・etc。 自分の気づかぬ間に、自分の無意識下が積もり積もって破滅へと繋がる。 こんな真面目なテーマを(ラスト付近はちょっとやりすぎ感は拭えないが)下ネタの下劣さで巧い具合に溶け込ませ、ラストクレジットで【フィルム】ではなく、【ムービー】と自分の名の下につけたコラチ監督。いつもながらエンターテイメントをよく分かってらっしゃる人だ。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 18:44 | ストーリー・ NY動物園のライオンの親子、父サムソンと息子ライアン。ライアンはライオンらしく吠えることができず、野生で育ったワイルドな父にコンプレックスを感じていた。そんな時もの知りな鳩から“緑の箱”で外の世界に出られると聞いたライアンは、父と喧嘩したのをきっかけにその箱へ入りこむ。すると箱には鍵がかけられ、彼はトラックで運ばれていってしまった。それを知ったサムソンはライアンを追いかけて動物園を飛び出すが……。 感想・ ―今更感のあるライオン・キング― 一体純ディズニー映画はどこまで堕ちて行くのだろう。というのも今回ディズニーが用意した長編フルCGアニメ第2弾の舞台は大都会の動物園からジャングルへ、ってつい去年ドリームワークスが公開したマダガスカルとなんら変わらない設定じゃないか。スタジオごとで毎年似た設定の作品が公開されている(なんだか98年のバグズ・ライフVSアンツを彷彿させられる)が今回まずかったのは加えて本家の名作、ライオン・キングに酷似したラストシーンだろう。息子を探す為に冒険に出た親、これはモロライオンキングの逆バージョンとして被っている。もしそれを差し引いてもキャラクターの造型から失敗してしまったディズニーはドリーム・ワークスのマダガスカルに出てくるキャラよりも可愛げがなく、キモカワイイがツボに入らないかぎり拒絶反応が出てしまうのは間違いない。ギャグの全般に渡ってしまりなく、お子様向けの瞬間的なものばかりで大人が見てニヤリと出来るドリーム・ワークスやピクサー作品が尊く思えてしまう作品だ。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 18:25 | ストーリー・ 1959年11月15日。カンザス州ホルカムでクラッター家の家族4人が、惨殺死体で発見される。翌日、NYで事件のニュース記事を見た作家トルーマン・カポーティは、これを次の小説の題材にしようと決心。幼馴染みで彼の良き理解者の女流作家ネル・ハーパー・リーを伴い、すぐさま現地へ向かう。小さな田舎町は前例のない残酷な事件に動揺していたが、やがて2人の青年が容疑者として逮捕された。カポーティは事件の真相を暴くべく、拘留中の彼らに接近していく。 感想・ ―たった二人の人間から浮かび上がる人間の感情― たいていの伝記映画で描かれるものはその主人公の子ども時代から、いかにして偉業を成し遂げたか。そんな美談で埋め作られ結局【えらいひと】と一つにくぐられてしまう。見ている方はその【えらいひと】の美談しか垣間見れない。人間だもの人生美しい談話だけでは済まされない訳で、どんな聖人にも心の闇というものが存在している筈である。簡単だが、それが人間という生き物であるからだ。 そんな当たり前の人間を美談で包まずに描いた映画が本作である。 「ティファニーで朝食を」で有名な作家トルーマン・カポーティの生きた一つの時間を切り取り、簡単な美談では済ませない【人間】をカンザスの荒涼とした風景に合わせて描かれた本作。 一つの殺人事件をノンフィクションとして描こうと取材を始めたカポーティがしだいに容疑者ののめりこみ、ついには情まで出始めてしまう。容疑者と二人で居る空間では全てを曝け出すのに対し、作家仲間達とつるむ時は容疑者の事を下げてみてしまう。映画の中ではこれを「冷血」のタイトルと絡めて見せてくれるが、実際こんな状況は我々の実生活でもどんどん出て来る筈だ。友情と思っていた感情が実は裏切りだったり、しかしそんな裏切りでも当人の前では仮面を被ってしまう。一度仮面を被ってしまうと真の自分を見失い、嘘偽りが後からついてくる。 こんな先の読めない行動をカポーティが体現、色んな情感が浮かび上がってくる。人間とは難しいものであるが、こんなに感情が複雑なんだとたった1つの事件で炙り出されてくる。 勿論功労者はカポーティ演じたフィリップ・シーモア・ホフマンで、カポーティの事を殆ど知らない自分でも彼の動きと口調に圧倒される。中でも狡賢い冷血動物が温血動物へと変わるラストには圧巻。スクリーン独り占めのワンショット(被告との最後のシーン)、シーモア・ホフマンのアップだけで浮かび上がる感情の多いこと。 一度も感情に動かされずにカポーティを第三者の視点から描いたベネット・ミラー監督の手腕も題材に反してはオーソドックスだ。だがこの淡々とした空気こそカンザスの殺人事件とゴージャスなセレブリティ作家の世界の橋渡しに一役買っている。エキセントリックに感情に動かされる作家性が濃い監督よりも彼の冷めた目線がカポーティの侮れない人間性にピッタリなのかもしれない。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 18:21 | ストーリー・ 船の上で暮らす老人と少女がいた。10年前、老人がどこからか連れてきて以来、少女は釣り人を運ぶ船の上から一歩も出ないまま、もうすぐ17才になろうとしていた。それは、老人と少女が結婚する日でもあった。老人は、カレンダーに印を付け、その日を心待ちにしていた。少女に、いたずらする男がいると、老人は弓で威嚇して彼女を守った。その弓を放ってする弓占いは、釣り人に人気だった。老人と少女は、固い信頼で結ばれていた。しかし、釣り人の中に一人の青年が乗った日から、二人の関係は微妙に変わり始める。 感想・ 船で育てられた少女、その船で少女が17歳になったら結婚しようと思っているジイサン、この二人の関係を怪しみ少女に新しい世界を見せてやろうとする青年。 1時間40分、たったこれだけの3人の登場人物だけで映画に必要な要素をぶちまけるキム・ギドク監督、只者じゃない。 まず驚くのが出ずっぱりの主役の少女と老人に全く台詞を与えず、表情のコミニュケーションでストーリーを進め、且、人間の色んな感情をむき出しにしているという点だ。老人が夜な夜な少女の体を洗い寝る前に手を繋いでつながりを実感するシーン、台詞なんてなくても、セックスシーンなんてなくともなんとエロチックなことだろう。 役者の自然な演技を100%活かした演出と、一番の功労はタイトルの通り「弓」を幻想的に描いたところだろう。弓占いで少女をかすめる矢、二人の10年という信頼の目線が破れる後半の展開。うっとりするほど幻想的な映像と少女の独立。 この映画をただのロリコン映画とも捉えられても仕方ないのかもしれない。表面だけで捉えれば老人と少女の結婚なんて許されないもの。しかし、彼らの信頼関係を示すラストとその直後のびっくりの愛のカタチさえ抑えれば歳なんて関係ないじゃないとも思う。 愛とは、信頼か、感情か、それとも見た目か。 シンプルだがなかなか答えが出ないこの問いを御伽噺としてみせるギドクの味に酔え! 【画像は韓国盤DVDジャケット】 |
| 18:18 | ストーリー・ コロンビア大学芸術学部の入学選考部で部長を務めるルイーズは39歳の独身女性。同じ大学の教授ピーターと離婚したばかりのルイーズだったが、2人はいまでも友人同士。そんなある日、彼女は一通の願書に目を奪われる。そこには、スコット・ファインスタウトという亡くなった初恋の男性の名前が記されていたのだ。思わず特別に個人面接をセッティングしてしまうルイーズ。そして現われたのは、20年前に亡くなった恋人とまるで瓜二つの青年だった。ほどなく2人は恋に落ちるが、15歳も年の離れた恋人の出現に喜びを覚えながらも、一抹の不安を隠せないルイーズだった。 感想・ 設定自体は面白い。過去の、しかも一番の恋人だった彼にそっくりの男が突然主人公の前に舞い降りる。とはいえ年の差で愕然、ついでに彼らの身分は入学部長とその生徒。すぐさまその場で濃厚な時間を過ごし・・・これは新世代のしかも見方を変えた『卒業』なのか?と思いきや、ここからが次第に急降下。さわりこそ興味そそられるものの、ここから描かれるのは年増女の夢と理想の狭間で迷う孤独な自己陶酔。若い男に走るか、それとも元夫に戻るか、延々と退屈な話が続くものの、ハッとさせられる会話でなんとか映画は軌道に戻る。シュチュエーションを活かして若い男を鏡の前に立たせて自分と結婚して40歳になった時を想像させられる、普通の生活だけれどこんなに痛々しいなんて。たまにハッとさせられる台詞や話が繰り広げられるが、それでも面白い設定は100%生かされず、結局女の自己陶酔で終わるのがなんとも残念だ。主役のローラ・リニーやトファー・グレースたちが面白い演技を繰り広げているだけにさらに残念さが際立つ。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 18:12 | ストーリー・ タバコ研究アカデミーのPRマンをするニック・ネイラーは、厳しさを増すタバコへの攻撃をかわすため連日マスコミの矢面に立って戦い続ける業界の顔。中でも、パッケージにドクロマークを、と息巻くフィニスター上院議員は目下最大の懸案事項。そんなある日、ニックは映画を使ってタバコのイメージアップを図る“スモーキング・ハリウッド作戦”の指揮を任される。一人息子のジョーイを連れ、ロサンジェルスへと渡ったニックは、さっそくハリウッドの大物エージェントと面会、タバコPRのための映画の企画を話し合う…。 感想・ ―タバコ業界内幕モノの裏にある選択の自由を描いた映画― 表向きの題材は【タバコ業界の内幕】モノ。ただし表向きは、だ。 タバコ広告のプロである主人公ニックはタバコの害についてはそんなに詳しくはない。だが、タバコのせいで癌になれば政府が悪いと批判してしまう。理由は社会保険(?、忘れたけど)がどうやらこうやらで国にとって負担のかかる人間が生きているよりも死んだ方がずっと楽だからだとか。逆にタバコ会社は死んでしまうと顧客が減るので損失に繋がる故に癌の人を守ろうとしている、という体勢だとトークショウで語っちゃうほど自信満々の冗舌人。上司はもっと体面的な事に気を取られトークショウの癌の少年が哀れに見えないのでカンカンモード。反する政府と上院議員はタバコに髑髏マークをつけて有害物にすべきと議会で提案する始末。 またまた彼らに対抗する主人公の提案はハリウッドスターを起用して往年の時代のタバコのカッコよさをアピールしようと手を考える。 映画はテンポ良くトントンと進みユーモア感あふれるキャラ達の隙をつかれたような台詞に退屈しないだろう。ブラピとキャサリンが近未来の夜空でタバコを吸う、なんて想像させられたりと。 だが、最も本作はタバコの世間に及ぼす影響を真面目に描いた映画ではない。科学的な検証よりも言葉の及ぼす影響力と【自身の選択】を描いた映画である。 言葉の持っている魔力を主演のアーロン・エッカートは嫌味を感じさせず、PRマンとしての職業の誇りなんかも絡めて描かれる。 だがジェイソン・ライトマン監督が結局言いたかったことはこれだろう・・・ タバコを吸う人間やタバコを売る人間、タバコをPRする人間が悪い人間じゃない。それぞれの役割を果しているだけでタバコを吸うのは個人の自由。タバコを禁止するよりも自分の心で選択する自由を持つべきだ。 自由の国アメリカが今現、規制に囚われているからこそ一見タバコの良し悪しを描いた映画が一石を投げている現実―タバコに限らず、例えば上院議員の愛するチーズ、これもアメリカ国民の死因率トップレベルの動脈瘤に繋がる、しかしだからタバコよりもチーズが危険だと言い切るだけで本作が終わらないところが奥深い。 それを選ぶ自由を与えられた我々が【考えて行動するべき】なのだ。 与えられた選択肢から選ぶのではない、自分で選択肢を作って考慮すべき。情報操作とタバコを描いているだけのようで最もアメリカチックな部分を抉り出したジェイソン・ライトマン監督の野心がひしひしと伝わってきた。人間、考えて行動しなきゃ省みるのは自分、ヒトのせいにする前に自分が賢くなれ! メッセージ性が意外と強いのにそれを感じさせずにエンターテイメント化させたライトマンに拍手。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 6:45 | ストーリー・ 共にボクサーとしての経歴を持つロサンジェルス市警の名物コンビ、バッキー・ブライカートとリー・ブランチャード。リーには美しい同棲相手ケイ・レイクがいたが、いつしか彼らは3人で行動を共にするようになっていた。そんなある日、腰から切断された若い女性の死体が発見される。やがて被害者の身元が、女優を目指してマサチューセッツからやって来たエリザベス・ショートという女性と判明する。マスコミは彼女を“ブラック・ダリア”と呼び大きく報じる。一方リーは、この事件に異常なほどの執着を見せ、ケイとの時間さえ惜しむほど捜査に夢中になっていく…。 感想・ 最近のデ・パルマ映画らしく、面白みのあるショットの積み重ねだけで映画が成立している。ヴィジュアル的に一瞬オッと思うようなセクシーさが際立ったと思えば眠くなるほどベタな展開が用意され、どんなに時代の空気を読んだ舞台装置や衣装、一級の撮影シーンが登場してもその技術が浮き足立ってしまい、エルロイの原作の【闇】の空気を掬いきれてはいない。 スカーレット・ヨハンソンや主演のパンチ力がイマイチで終わってしまっているジョシュ・ハートネット、姉妹編とも言える映画版『L.A.コンフィデンシャル』の危険な女なキム・ベイシンガーとは対照の闘う女っ気のあるヒラリー・スワンクを配置したのは完全にミスキャスト。若手起用の影で印象深い相方刑事のアーロン・エッカートくらいがちょっとした救いか。 という訳で『L.A.コンフィデンシャル』程の熱くて濃いドラマを期待してしまうと肩透かしを食らう事は間違いない。エピソードを繋ぎ合わせるのが大変だったような巧くない編集と共にもたつく感はあるが、それでもこの映画がつまらない映画に終わらないのはデ・パルマが魅せる一定の瞬間があまりにも魅力的だからだ。ナイフを持ってローブを着た人物が駆け寄る映像、動きのないシーンで魅せる死体解剖の頭上から一気に下がるアングルの面白さ、ラストで見せるブラック・ダリアの恐怖映像etc…様々な映像が脳裏に焼きつきそこに上質なノワール調の空気と昼メロ的な謎解きが交わる。エルロイ原作の魅力よりもデ・パルマの魅力がこびり付いた感のあるエンタメ作品に仕上がった。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 06/11/28(火) | |
| 21:27 | ストーリー・ ある時、暗闇で目覚めたエリック。彼は拘束状態にあったが、自らの右足を犠牲にそこからの脱出を図る。またある日、密室での爆死事件が発生。またしてもジグソウの仕業と知った女刑事ケリーは、独自に検証を始めるが…。一方、不倫に溺れる女性外科医リンが何者かに誘拐される。リンが目覚めると、目の前には瀕死の殺人鬼“ジグソウ”が横たわっていた。ジグソウに付き従うアマンダがリンにルールを伝える。それは、ある男に仕掛けたゲームが終わるまで、ジグソウを延命させること。ジグソウの心臓が止まれば、リンの首に巻かれた爆弾も爆発する──。その頃、食肉工場の地下室で一人の男が目を覚ます。彼はひき逃げで最愛の息子を失った父親ジェフ。彼はそこで鎖につながれた3人の男女を目撃する。一人はひき逃げを目撃しながら法廷で証言しなかった女。もう一人は、犯人に軽い罰しか与えなかった判事。そして最後に、愛する息子をひき殺した男。ジェフは、この3人の運命が自分にゆだねられていることを知るのだった…。 感想 ―赦しがテーマ。ジグゾウに人間味が出てきてもねぇ− ソウシリーズも3作目。猟奇的ホラーが迎合される今のアメリカ映画界においてブームの先駆け的存在で登場したこの低予算インディーズ映画、回を重ねるごとにグロテスク度が増し、回を重ねるごとに脳の刺激度が弛むストーリー展開へと落ちきている。パート1で意外なオチに落ち着き、パート2ではそれまであった空間の意識を無視してグロテスクに没頭してしまい展開を広げようと必死にもがく様が非常にいたいたしい結果を生んでいたが今回はどうか。 新たな展開として用意されたのはとっても人間の血が通った2つのストーリー。 冷徹な自己中老人ジグゾウのレールで展開されてきたと思い込んでいた前作、前前作だがアマンダの裏話が今回は披露されてしまうので前作シリーズの種あかし的マジックの失望感でゲンナリ。しかしこれが製作者の意図したことだというのは明白でこの怪物的ジグゾウ&アマンダのマジックの裏舞台を見せ彼らも一人の人間であるといわんばかりのあり様。勿論今回のゲームは全てある人物の為に仕組まれていたものなのだけれど、そんなこともう分かってるって。このシリーズのオチってどこか頭に引っかかるところがそのままオチになっちゃっていることろで全然オチとして落ちていない、でも僕は今回初めてその愚かなオチが可愛く見えてきてしまった。落ちていないオチでこれでもかっ!とフラッシュバック連続させられて馬鹿でも無理矢理理解させられるラスト、台詞をよく注意していればいたるところに答えがあるのにわざわざフラッシュバックで観客のオチを強調してくるこの手法、前作でもあったがハリウッド映画全般によくある手法でこのシリーズがどんなにグロテスクなシーンを挿入しても根本は観客にストーリーを分かって欲しい一途なエンターテイメント作なのだな〜と。 それでも赦しを交通事故で息子を亡くした父親から描き、それをアマンダに引っ掛けるラストなんてこの脚本家のしてやったりな姿が目に浮かんでこちらが笑っちゃう。 グロテスクシーンはというと今回の山場であるジグゾウの脳手術シーン。痛いを通り越して医療ドキュメントを見ているようで個人的には見入ってしまった。なんだかんだで観客に刺激を与えようとするその【姿勢】は天晴れだ。この際出来はおいておいて。 【画像はアメリカ版ポスター、1と2はどちらも見ないと意味不明でしょう。 ちなみに絶対に4が出来るエンディングもあざといというか、やっぱエンタメだな〜】 |
| 20:33 | ストーリー・ 西暦2027年、人類はすでに18年間も子供が誕生していなかった。原因は分からず、人類滅亡の時が刻一刻と迫っていた。希望を失った世界には暴力と無秩序が拡まっていた。こうした中、英国政府は国境を封鎖し不法入国者の徹底した取締りで辛うじて治安を維持していた。そんなある日、エネルギー省の官僚セオは、彼の元妻ジュリアン率いる反政府組織“FISH”に拉致される。ジュリアンの目的は、ある移民の少女を“ヒューマン・プロジェクト”という組織に引き渡すために必要な“通行証”を手に入れることだった。最初は拒否したものの、結局はジュリアンに協力するセオだったが…。 感想・ ―SF映画ではなく近未来の現実映画に近いリアリズム― 女性に子どもが出来なくなり18歳以下の人間は存在しない未来。決して先行きが明るいとは言えない今だからこそ本作でキュアロンは強烈なメッセージを我々に託してくる。それは【生への欲望】だ。 一つの光が宿っていると分かった瞬間主人公のセオは必死になってその光を絶やさぬように守りぬく。人間の本能が全開になり直接的な自分の子孫ではなくとも人類の子孫を絶やさぬと様々な難関をかいくぐっていく様はとてもリアルな人間考察の瞬間だ。人間、いや生き物の本来の目的が絶たれた時に一つ光がともるとそれがここまで神々しく映るのはなぜなんだろう。そこでは抗争の真っ只中でも双方が黙り込みその光を見つめてしまう。人間の命のパワーの凄まじさをキュアロンは近未来が舞台とはいえ決してSFアクション映画としては扱わず、むしろ退化してしまった人類の愚かさを近年のテロと報復の現実とリンクさせながら描いていく。特筆すべきラスト付近の長廻しも生への執着心に燃える人間のリアリズムを産む結果となり決してテクニックだけの見せ場に終始することはない。一つの光が絶やさぬ為に死んでいく人間も一瞬にして光が消えてしまう。命の大切さが叫ばれる現在、叫んでおいて他人の命ならどうでもいいという人間が多いからこそ本作の存在意義はとても大きいように思える。 勿論セオ演じるクライブ・オーウェンや一瞬で光が消えるジュリアン・ムーア、マイケル・ケインの脇役ぶりも無視できない。役者たちが懸命に本作の意味を理解しえたからこそキュアロンの描きたかった未来への警告が完全なものになったのだと言える作品だ。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 20:10 | ストーリー・ ベストセラー犯罪小説作家キャサリン・トラメルが運転するスポーツカーがロンドンの夜道を疾走する。人気サッカー選手が同乗するその車は、やがて道を逸れテムズ川へと突っ込んでしまう。そして、沈んだ車から辛うじて助かったのはキャサリン一人。事件は大きく報じられ、かつてサンフランシスコで殺人事件の容疑者となった過去を持つ彼女に疑いの目が向けられる。捜査を担当するウォッシュバーン刑事は、キャサリンを有罪に持ち込むべく、精神科医マイケル・グラスに彼女の精神鑑定を依頼するのだが…。 感想・ ―シャロンはもうアレを見せてくれないけれど、摩訶不思議映画― シャロン・ストーンが女性の大事なところを世界に晒して早14年。シャロンはもう50手前、で起死回生の思いで選んだ最後のカードがこの氷の微笑。 恐らくワガママの堕ちているスターである自分がまだまだ現役大スターだと勘違いしてシャロンが無理やり企画をスターさせたのだろう。そう思わせるのは主人公の名前マイケル・グラスから。って明らかに出演拒否されたマイケル・ダグラスの名のダを抜いただけでしょう!突っ込みどころはこんな感じでネーミングから登場。そして映画が始まるや否やのカーオナニー大会。シャロンがいきなり黒人男の指をアソコに突っ込んで、イク〜〜と叫び120キロ以上出して深夜の海にドボン。リスクがでかければでかいほど感じてしまう悪女、いやただの病気女じゃないかとまたまたスクリーンに突っ込み。 こんな感じでB級映画とはいえど突っ込みどころ多数で気が抜けない。他にもデビッド・シューリスやシャーロット・ランプリングなどの名優がなぜこんな映画に・・・的な脱力感、最大のイベントであるエロスシーンで見せるシャロンの豊満すぎて完全に色んなモノを入れている胸etc・・・。 キリが無いほど突っ込みどころは多数なのにそれでも眠たくなるダルイ演出はもうマイケル・ケイトン=ジョーンズ監督の過去作の跡形も無く、それでもミステリアスなB級映画としてはちゃんと成り立っているという摩訶不思議さ。 ある意味14年ぶりの奇跡かも。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 18:30 | ストーリー・ ベトナム戦争が激化する1969年。18歳のディーンとその兄エリックは、ベトナムへと旅立つ前の最後の週末に、それぞれのガールフレンド、ベイリーとクリッシーを伴いテキサス縦断の旅へと繰り出した。しかし途中で、暴力的なバイカーのカップル、ホールデンとアレックスに出くわし、追ってくる彼らから逃げようとして、4人の乗った車は事故に遭ってしまう。車外に投げ出されたクリッシーが茂みに隠れ様子をうかがっていると、車内に取り残された3人がアレックスに脅されているところに、保安官のホイトがやって来る。そして、いきなりアレックスを射殺し、エリックたち3人をパトカーの後部座席に押し込むと、そのまま連れ去ってしまうのだった…。 感想・ ―プリクエルの存在価値を考えて― 2003年に公開された『テキサス・チェーンソー』の続編を作らずにわざわざ前日談であるレザーフェイスの誕生を描いた作品。とくればレザーフェイスが何故にあそこまで残酷非常冷徹モンスター化したのかが気になるところ。しかしせっかくの前日談にもかかわらずレザーフェイスの生まれる瞬間があまりにもあっさりと過ぎ去ってしまう。そんなプリクエルを描いた作品ならではの味が全く持ってない本作は血みどろの嵐、怒涛の如く残忍で非道なレザーフェイスが人間の心を無くす瞬間なんて一切描かれず、彼がこんなモンスターになったのは育ての親のホイトの一貫したキチガイぶりだけであるという一方的な展開には少々ウンザリしてしまう。 生まれた瞬間から彼はもうモンスターだったの如く、母体から出てくるシーンもまるでダミアンでも生まれてきそうなおもわせぶりで、そりゃこの変人一家に育て上げられればどんな子どももモンスターになるという運命…ってそれでは全くプリクエルとして機能していないじゃないですか! 致命的なレザーフェイスの【何故】をスルーしてやりたかったシーンは恐らく人畜無害なヒッピー青年を打ち殺し顔を剥いで自分の顔に縫いこむシーンと、初めてチェーンソーで人殺しをするシーンだけではないか。レザーフェイスに人間味など求めてはいないが、こういうモンスターになる理由が環境要因だけで結局生まれた瞬間か操り人形だった、なんてプリクエルの長所である神秘性やキャラの深みの増幅が無く、プリクエルを描く意味が皆無である。 変人は変人、そう盲目的に閉ざされてしまうのなら別に続編でも良かったのでは?と思ってしまうが多分変人は変人なら生まれたときから変人だしプリクエルでも機能するジャン、とでも製作側は思ったのか。いやだからそれではプリクエルの存在価値が根本的に無くなってしまうのだけれど・・・ 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 06/11/27(月) | |
| 17:16 | リッジレーサー7も最初の4日ほどで飽き、結局ドラクエ8に没頭してしまったこの1週間。 殆ど映画も見ることできず8日でクリアしたのはいいけど・・・ PS3本体買ったのにPS2のソフトに嵌ってるってどうなのよ! な突っ込みを自分に入れながら本日『レジスタンス 人類没落の日』なるアクションゲームを購入。 これはれきっとしたPS3専用ソフトです。 いや〜それにしても操作が難しい! この手のソフト初めてってのもあるんだろうけれど。 でもグラフィックと5,1の音響は凄いわ…ゲームもここまで進化したんだな〜 ブルーレイソフトもミッション・インポッシブル3を購入(先週) ちなみにこのMI3のBDソフト殆どの店で品切れ状態。HDDVDや現行DVDは山積みなのに、やっぱPS3買ってもこれといったソフトが出てないから皆新作のヒット作MI3に走るんだろうな〜 そうそうそう、ソウ3も見てきましたよ。完全に1、2を見てない人は置き去りにされてしまうので注意! 【画像はこれまでに買ったBDとPS3ソフト この5枚だけで約2万8000円 本体合わせて一気に8万近く飛んでいきました…】 |
| 06/11/24(金) | |
| 22:41 | ひさしぶりにレクター博士が戻ってくる・・・ んだけれど博士になる前のお話。 元々はヤング・ハンニバルなるタイトルで企画が進行されて一時は『ホーム・アローン』の糞ガキことカル金が候補にあがったほどの話題作。 でもアンソニー・ホプキンスは出ていません。 なんだか『テキサス・チェーンソー ビギニング』みたいなグロいだけの映画になっていないかちと不安・・・ ポスターはというと、ハンニバルといえばこの姿って感じでツボは抑えていますね。 でも羊とハンニバルの美しいデザインと比べると見劣りするは。 |
| 21:50 | ストーリー・ スポーツ雑誌の営業部門担当の重役を務める中年サラリーマンのダン。しかし売上げが伸びず、彼の会社は大手企業に買収されてしまい、ダンも重役ポストを失う事態に。そこへ、息子ほども歳の離れた若者カーターがダンの上司として親会社から派遣されてきた。これまでとはあまりに対照的なビジネスのやり方に困惑と不満を隠せないダン。しかし、10代の娘2人に加え、幸か不幸か愛する妻が3人目を身ごもってしまい仕事を投げ出すわけにも行かない。おまけに、いつの間にかその愛娘アレックスが、あろうことかカーターと付き合い始めてしまう。いよいよ気まずくなるダンとカーターだったが…。 感想・ 『アメリカン・パイ』のクリス&ポール・ウェイツが『アバウト・ア・ボーイ』路線でまたまた秀作を作っちゃった。 年下の上司とその娘に恋に落ちる主人公、関係は3人の中でグルグルと回る。デニス・クエイド演じる年上の部下は地位こそ低いが愛のある家庭で過ごし満足な生活、対するトファー・グレース演じる若手上司は地位あれど恋人ともうまくいかず人生に満足感が無い。 この対照的なキャラクターを外見の普遍価値から逆に入った設定が面白い。二人の満足度合いが物語りが進むに連れて娘の存在でシーソーのように揺れ動き、3角関係のラブストーリーでもないのにそれに似たような錯覚に陥れる面白さ。 『アバウト・ア・ボーイ』のようにラストで一気に問題が解決し、次なるステップへと主人公達が向かっていく姿もは、マラソンを完走した時のような体は疲れたが心はスッキリとしたような感覚に近い。 タイトルにある良い会社というテーマも置いておくことはできないが3人のシーソーゲームの面白さと、その解決へと終息するウェイツ兄弟のサラリとしたストーリーテラーぶりはまだまだ健在だ。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 21:47 | ストーリー・ アイリス・マードックとジョン・ベイリー。2人は1950年代、オックスフォード大学で出会った。あまり目立たない存在だった講師のジョンは、豊かな知性と魅力的な容姿を兼ね備えたアイリスに、一目見た時から恋をする。やがて2人は結婚し、アイリスは次々と小説を発表、一流の作家になる。そして現在。40年の歳月を経て、2人の絆はより深く強固なものとなっていた。ある日、アイリスは同じ言葉を繰り返したり言葉につまることで、脳に異変が起きていることに気付く。精密検査の結果、現代の医療では治すことの出来ない病アルツハイマーと診断される。 感想・ オープニングからするとアイリス・マードッグの伝記映画のように思える。というのも講義で言葉について述べるジュディ・デンチがアイリスを知らない人でも公聴しているような気分にさせる雰囲気を醸し出しているからだ。彼女の台詞、いや単語ごとに真実味が生まれ、下手な講義をしてくれる大学の教授の講義よりも数倍サマになっている。 この威厳あるアイリスの様子に変化が起こる。次第に本作がアイリス・マードッグその人の人生の生き様に焦点を当てた作品というよりも、アイリスとその夫ジョンのこれからのプランを模索する様を、過去を踏まえて描いた愛についての映画だと分かるだろう。 アルツハイマーであるアイリスを受け入れられない夫、そして過去のアイリスへのしがらみ、様々な過去を通じて現在が描かれ、そして老後に及んでも未来を模索する様を夫ジョンを通じて描かれる。確かにアイリスを主体に置いた作品だが、真の主役は支える辛さと喜びを観客と共有する夫ジョンなのかもしれない。 過去にどんな男性関係があってもなお、現在のアイリスをアルツハイマーにかかっても支えているのは究極の愛あってこそ。この上辺だけで簡単に言える究極の愛を映画は過去の水みずしい青春を通じて描いているのがミソ。水水しい青春時代と現在をクロスさせながらアイリスへ愛を捧げる陰の主役ジョンが際立つ。勿論一番の功労者は役者達である。 アイリス演じるジュディ・デンチなんてOO7シリーズからは想像もつかない痴呆老婆を淡々とリアルに演じ、対するアイリスの若き日を演じるケイト・ウィンスレットは真逆のアプローチでその破天荒っぷりがアイリスを知らない人にアイリスの本当の姿を垣間見せる。 しかし本当の功労者はジム・ブロードべントの脇から支える演技だ。タイトルからもアイリスを主体に置いた作品の中、ジュディ・デンチがあまりにもリアリティある演技を見せているが、彼女の演技もジム・ブロードべントのサポーティングがあってこそ際立つというもの。同じく役柄のアイリスもジョンがいてこそのアイリスだ。二人で一つ、こんな古くさい言葉がぴったりと嵌る映画も近年は少ない。 踏まえてタイトルも【アイリス&ジム】ないしは【ジム&アイリス】にすべきだったのではなかろうか。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 21:31 | ストーリー・ 映画史に燦然と輝く巨匠監督15人が“時間”をテーマに競作した豪華な短編集。10分という厳密な時間制限と予算だけが決められ、それ以外は各監督の自由にすべてが委ねられたこの企画は、2本のコンピレーション・フィルムに結実。本作はそのうちの1本。もう1本のタイトルは「10ミニッツ・オールダー イデアの森」。 7人の映画監督が“結婚・誕生・進化・孤独・死・運・郷愁”という誰にでもいつかは訪れる出来事を題材に、人生の意味を10分間の一場面に凝縮して描く。収録されている作品は、アキ・カウリスマキの「結婚は10分で決める」、ヴィクトル・エリセの「ライフライン」、ヴェルナー・ヘルツォークの「失われた一万年」、ジム・ジャームッシュの「女優のブレイクタイム」、ヴィム・ヴェンダースの「トローナからの12マイル」、スパイク・リーの「ゴアVSブッシュ」、チェン・カイコーの「夢幻百花」の全7編。 感想・ 第2部の方が個人的には楽しかった。 特にスパイク・リー監督のドキュメンタリーフィルム、憶えている人も多い2000年大統領選挙を描いた作品だ。真っ向からリーは民主党派で勝負、共和党のインチキ度をこれでもかと上げて民主党の一種のプロパガンダフィルムかもしれない。だがそれでも共和党の不正と隙を突いた選挙用紙を見ていると起こる気にはなれないな〜マイケル・ムーアレベルの選挙突っ込みは10分ではできないものの、それでも10分で語れる共和党批判は痛快だ。 インディーズファンの多いジム・ジャームッシュ監督の女優のブレイクタイムも面白い。控えトレーラーで休み10分間、女優が人間へと変わる瞬間をドキュメントタッチで描く、なんてことはないお付の人間としている会話と携帯電話で会話する女優の姿を10分間眺めているだかだが、これが本当のドキュメントに見えてくる。撮影の合間、スターが人間に戻る瞬間は映画ファンは興味深いものなのです。 予想外に面白いのはヴェルナー・ヘルツォークの「失われた一万年」。これはれきっとしたドキュメンタリーフィルムで時代が変わらない原住民達をリポートする。10分で時代を行き渡るような感覚を味合わせてくれた。 【画像は日本版ポスター】 |
| 21:29 | 映画史に燦然と輝く巨匠監督15人が“時間”をテーマに競作した豪華な短編集。10分という厳密な時間制限と予算だけが決められ、それ以外は各監督の自由にすべてが委ねられたこの企画は、2本のコンピレーション・フィルムに結実。本作はそのうちの1本。もう1本のタイトルは「10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス」。 これまで古今東西の哲学者たちが様々な思索をめぐらせた“時間の謎”を、8人の映画監督がそれぞれのタッチで追究していく。収録されている作品は、ベルナルド・ベルトルッチの「水の寓話」、マイク・フィギスの「時代×4」、イジー・メンツェルの「老優の一瞬」、イシュトヴァン・サボーの「10分後」、クレール・ドニの「ジャン=リュック・ナンシーとの対話」、フォルカー・シュレンドルフの「啓示されし者」、マイケル・ラドフォードの「星に魅せられて」、ジャン=リュック・ゴダール「時間の闇の中で」の全8編。 感想。 10分で語れることは少ないように思える。確かに10分は短い。映画12本分の時間でどれだけ作家の言わんとすることが伝わるか、これはその作家の手腕に問われる。 人間の共有する10分を描いたマイク・フィギス、彼には参った。4分割の画面で物語が個々に進み、画面上で何が起きているのかさっぱりつかめない。これで10分は長い。 逆に時間で哲学を語るフォルカー・シュレンドルフは哲学を理解していなきゃ引用できないマルクス・アウレリウスから。これだけで10分。マイケル・ラドフォードのSFでは今をときめくボンドことダニエル・クレイグを起用。これのみちゃんとした脚本で起動していた。 個人的に舌を巻いたのはクレール・ドニの「ジャン=リュック・ナンシーとの対話」。なるほど、10分で映画を初め終わらすに電車の会話という手があったのか、でも口下手日本の列車では見られない光景だろうな〜 【画像は日本版ポスター】 |
| 21:28 | ストーリー・ 1960年代の大ヒットアニメシリーズ“ロッキー&ブルウィンクル・ショー”が終了後、ロッキーとブルウィンクルは失業中。そんな時、彼らのライバル、フィアレスリーダー、ボリス、ナターシャの悪党3人組は世界制覇を実現させるため、現実の世界へ飛び出した!ハリウッドへやって来た3人はケーブルテレビ会社を買い占め、催眠番組でアメリカ国民を洗脳し、アメリカを乗っ取ることを計画する。果してロッキーとブルウィンクルは、彼らの計画を阻止できるのか・・ 感想・ 2000年夏に全米公開され巨額の赤字を残し、せっかく春に「アナライズ・ミー」の大ヒットによりコメディアン≪デ・ニーロ≫の名を世間に知らしめたのを転落させたのが本作だ。 言うまでもなく日本未公開だが侮れない面白さ。実際に放送されていた往年アニメのロッキーとブルーウィンクルがアニメの世界と実写の世界を渡りパラレルワールドへとやってくる。そこでは往年のアニメの悪役もハリウッドスターロバート・デ・ニーロ、レネ・ルッソ、ダニー・デビートの風貌に変化、若きFBIとロッキーとブルーウィンクルとのドタバタ劇が開始される。 幼稚なストーリーも元を辿ればロジャー・ラビット。あっちがディズニーを巻き込んだのならこっちは現在ハリウッドだ!と言わんばかりにスターもゲストスターもワンサカ。ウーピーやらビリー・クリスタルやら、なぜかそれもNY派。それもそのはず、製作会社はトライベッカフィルムだ。映画そのものにNYの香りは感じられないがデ・ニーロのタクシー・ドライバーのセルフパロディの登場と観客にエンターテイメントを謙譲しようとするその姿勢が嬉しいじゃないか。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 21:23 | スティーブ・マックイーンのすべて ☆☆☆1/2 2005年発売されたマックイーンのDVD「ブリット」に収録されるこのドキュメンタリー、マックーンの傲慢さから弱さ、ひっくるめて撮られているのが面白い。 マックーンがどんなにマーロン・ブロンドを意識していたか、彼の子煩悩ぶり、クルマへのこだわりから「パピヨン」で共演したダスティン・ホフマンへの嫉妬心。 世間はいとも簡単に彼の事を男の中の男と呼ぶか、果たしてそうなのか。 このドキュメンタリーが素直なのは勿論彼を持ち上げて話を進めるところである。 と、それと同時にマックイーンをスターではなく、離婚も不倫もする、崩れた行動もドラックもする人間として描いているところが面白いんだ。 |
| 21:14 | ストーリー・ 家路を急ぎ深夜のハイウェイを行く一組の母娘は、途中のドライブインに立ち寄ったときに奇怪な現象に遭遇する。しかも、その直後に愛娘が忽然と姿を消してしまったのだ。もう誰も信じることは出来ない。我が子を助け出すために、母はただひとり、真夜中を駆け抜ける…。 感想・ 未公開にしては中々キャストが豪華で主演のマデリーン・ストウ他、娘役のミーシャ・バートン、処刑人のノーマン・リーダス、『マッチポイント』のジョナサン・リース・マイヤーズと人気若手を配置した作り。しかし俳優がA級レベルだからといって映画自体がA級になりはずがなく、この映画の場合は狙ったB級感から幕を開ける。前半はスピルバーグの『激突!』か『フライトプラン』『ロード・キラー』風のミステリースリラーが用意され、後半からは一気に訳のワカラン映画になっていく。ゴチャゴチャしたラストはスーパーナチュラルスリラーのようで実は犯人がショボイただのB級の作り。なんだか色々な要素がゴチャゴチャになっているのがこの映画の魅力でもあるのかもしれないが。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 21:12 | ストーリー・ 無実の罪を着せられて4年間も刑務所生活を送っていたニッキー(マドンナ)が、模範囚として仮釈放されることになった。しかしこれには条件がついた。釈放後すぐにバスでぺンシルヴァニアの実家に帰ること、2週間ごとに保護司と連絡をとること。ところが、ニッキーにしてみれば、真犯人を探し出し復讐したいという気持ちでいっぱいだった。一方、エリート弁護士ロードン(グリフィン・ダン)は、上司サイモン(ジョン・マクマーティン)の娘ウェンディ(ハヴィランド・モリス)との結婚式を明日に控えて大忙し。しかも、将来の義父から“囚人送迎サーヴィス"なる仕事も頼まれ、出所した囚人ニッキーを送ることになった。 感想・ ―映画本編については語る気がしない― 80年代のイコンアイドル、マドンナってなんだか現代アイドルのブリトニーに共通する部分がある。それは勿論【彼女らの出演している映画の質】だ。どんなにアルバムセールスが驚異的で耳につきやすいメロディーの曲を量産していても映画界は全くの別物、プロデューサー達が頑張ってるだけで何とかなる音楽界とは違いアイドル自身が頑張らないといけない過酷な世界。それが映画というもので(別に音楽界を見下しているわけじゃない)正にブリトニーやマドンナは畑が違うのだ。この映画にしても売上げが凄かったマドンナありきの目先の興行しか考えていないようなヘタな脚本なのだ。こういうアイドルムービーが作られる事自体は自然な流れなんだけれど、マドンナ自身ももう少し考えて欲しい。『エビータ』ぐらいの脚本を読み分けるセンス、これこそアイドルが真のイコンになるための早道だ。 【画像はサントラジャケット】 |
| 21:09 | ストーリー・ 母と2人でソウルに住む少年サンウは、祖母が住む田舎の村へやってきた。田舎の生活にはなかなかなじめず、祖母との交流もままならないサンウはわがままな振る舞いばかり。しかし、祖母の深い愛情と田舎に住む優しい人々によって次第に心を開いていく。 感想・ とっても素朴なお話だ。祖母と交流するうちに良心が芽生え心が広くなっていく少年の成長記。現在だからこそこんな少年が更生できるのは田舎、という訳で全編韓国の人里はなれた山奥で撮影された本作の魅力は自然の雄大さもあるのはあるが、おばあちゃんの沈黙の台詞の魅力がその殆どを占めている。少年のワガママを戒めることなく自然に促せる包容力、現在の親に求められているカリスマまで持ってしまったおばあちゃんの佇まいが自然に少年の心に入り込んでゆく。見ていて特に巧いと思うような脚本でもないし子役やおばあちゃん役の俳優が舌を巻く名演を見せている訳でもない。しかし本作の持つこの素朴さは捨てがたい。 【画像は日本版チラシ】 |
| 21:07 | ストーリー・ 社会学者プレヴィンは、犯罪心理研究の対象であった女囚カミーユに魅了され、彼女の無実を勝ち取るために奔走する。 晴れて出所した彼女とプレヴィンの前に突如、彼女の夫が現れ、プレヴィンを殴って気絶させる。カミーユはその間に夫を撃ち殺し、プレヴィンに殺人の濡れ衣を着せた。 刑務所に入ったプレヴィンとは反対に、男達を騙して自由に生きるカミーユは今や、有名人となり華やかな栄光への階段を上っていた。 感想・ ある記者が一人の女受刑者にインタビューする形式で生い立ちから現在までが描かれ、いかにして彼女が受刑者となったかが描かれるこのダークコメディ。映画を支配しているのは勿論この女、カミーユの奔放さ。男を次々と手玉にとって次ぎの男を利用するも前の男も引き連れていく、彼女にかかれば全ての男は服従してしまう、そんなカミーユを演じたベルナデット・ラフォン無しには語れない本作。内面と外見を磨き上げ、ドンドンと一枚上手の女へと成長していく過程も丁寧に且ブラックに綴られていくのも面白い。トリュフォー映画の中でもずば抜けてわかり易く明るいのもプラスの要素だ。 【画像はイタリア版ポスター】 |
| 21:05 | ストーリー・ ひょんなことから4人のモデルとルームメイトになり、豪華アパートに暮らす事になった絵画修復家アマンダ。美人なのに恋愛運のない彼女が一目惚れしたのは、ファッション業界の人気者ジムだった。アパートから彼の部屋が丸見えなのをいい事に、うっとりとジムを見つめるアマンダだったが…。 ストーリー・ 後にリンジー・ローハンとコンビを組んでフォーチュン・クッキーやミーン・ガールズで名を馳せる前のマーク・ウォーターズ監督が2001年に監督したラブ・コメディ。モデルとは縁の無い主人公がモデルが住むアパートで想いを寄せる人が殺人犯だと知ってしまうという筋書きのコメディ。どこかで聞いたことのあるようなプロットは勿論ヒッチコックの裏窓である。しかし一応コチラはロマンチックコメディの線なのでスリルには程遠く、ドタバタの後にハッピーエンドが待ち構えるというありきたりな内容だ。せっかく面白そうになるモデル3人のキャラがお粗末に描かれ、馬鹿で下品な大の方のギャグを満載したところでお馬鹿ムービーにはなりえるはずも無く、出だしの興味がサーっと退いていく展開はさすがにモニカ・ポッターとフレディ・プリンゼ・Jrだけでは荷が重い。マーク・ウォーターズ作品としてはあまりにも面白みのない作品だ。 【画像はアメリカ版ポスター】 |
| 21:02 | ストーリー・ 18世紀、トルコ軍占領下にあるドイツの海岸沿いの町。貧困と飢えに苦しむ人々であふれた崩れかけた城壁の中の廃墟と化した小さな町のロイヤル劇場の舞台に、バロン・ミュンヒハウゼン(ジョン・ネヴィル)は突然姿を現わした。彼は、トルコ軍は自分を探していると語り、なぜトルコ軍に追われるはめになったかを話し始めるが、あまりにも荒唐無稽で、誰にも相手にされない。落胆するバロンであったが、空想好きの10才の少女サリー(サラ・ポリー)に励まされ、トルコ軍をやっつける約束をする。そこで彼はまず最初に、かつて一緒に戦った不思議な力を持つ四人の仲間達を集めるために、絹の下着で作った巨大気球に乗ってサリーと共に旅を始めるのだった。 感想・ ストーリーなんてどうでもいいと言わんばかりのビジュアルで攻めまくり。80年代マットペイント特殊効果の最高傑作かもしれないほど背景の書き込みが美しく、可愛げのあったサラ・ポリーの魅力よりもその書き込みを堪能するに尽きる。ストーリー自体はドン・キホーテ、テリー・ギリアムらしいホラ話でどんどんハナシを進める彼のセンスは時を変わらず、今だに大作でもホラ話的旨みを引き出すのがうまい。自分の脳の中の世界をそのまま映画にして他人の記憶に刷り込ませるギリアム、恐るべし。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 06/11/23(木) | |
| 19:46 | しかもシネコンでだよ、しかも僕が隣の座っているのにだよ。 カンベンしてください・・・ 手取り合ってポップコーン口移し、ウゲ。 オバサンはずっとオジサンの手とか色んな場所撫でてるし、ウゲ。 足の方にも手が、ウゲウゲウゲウゲ。 新手の嫌がらせかよ。 映画の方が糞な出来栄えなんで集中できず、見たくないのにチラ見してしまうじゃないですかい! そういう事は頼むからそういう事をする場所でお願いいたします。 それにしてもオバサンはデカかった。 あ、身長ですよ。 【画像はシャロン・ストーン。ビデオスルー並みの出来なんです、ハイ。 断言・アレは見えません。 詳しい感想はまた後ほど】 |
| 06/11/16(木) | |
| 22:32 | やっぱヤバスギだね。 惨たらしいシーンの釣瓶打ち、でも構成としてはとってもすっきりしたホラー。 定番のシュチュエーション、これにノレるかノレないか。 あ、そうそう、勿論チェーンソーで主人公達は・・・ グロ画像がダメな人はトラウマになりそう・・・2年前の『テキサス・チェーンソー』よりもはるかにグロかったような。 なんたってレザーフェイスのあの顔の成り立ちがマジマジとスクリーンで描かれるんだもの。 (感想は近日アップ予定) 明日は『父親たちの星条旗』、 あさっては『エンロン』と『麦の穂をゆらす風』←タイトルこんな感じのケン・ローチの新作を見てきます。 『ソウ3』『プラダを着た悪魔』『トゥモロー・ワールド』『キング』は来週以降に見る予定。 |
| 06/11/15(水) | |
| 21:08 | ストーリー・ 大晦日にテロリストの仕掛けた爆弾が爆発し転覆してしまった巨大な豪華客船ポセイドン号。上下が逆さまになり、しかも海水が流れ込んでいるため沈没は時間の問題。そんな中、船の上部に行き海水に飲まれるのを避けようという案が出る。乗客たちは今いる大ホールの留まって助けを待つか、何が待っているかわからず生きて通り抜けられるかもわからない船の通路を通って、より安全かもしれない船の上部に行くかの選択を迫られる。船の上部を選んだのはほんの十数人の乗客のみだった。 感想・ 最近リメイクされたウォルフガング・ペーターゼンの作品の裏に隠れたが2005年にビデオムービーとしてリリースされた本作。ペーターゼン版が完全に今日の特撮技術の総決算からなる新たなポセイドンだったのに対して本作は忠実にオリジナル版のポセイドンをなぞっている、とみせかけてあの珍作であるポセイドン・アドベンチャー2なんかからも拝借したようなストーリー。態々テロリストを配備しなくともいいのに…と言っても後の祭りだが、そんなことより今回テレビ放映された編集版はあまりにも酷い。映画そのものの原型をとどめるのに精一杯な印象は180分作品を100分に縮めたせい?それとも単に出来が悪いから?答えはBoth。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 21:03 | 癒された地 ☆☆☆ ストーリー・ 南政府の兵士だったタイは、2つの異なる場所に2人の妻と子どもがいた。1975年のベトナム戦争終結後、タイは2番目の妻と子どもを連れて、新しい土地に移り住むが、その土地は撤去されていない爆弾や地雷でいっぱいだった。スクラップ集めをして生活費を稼いでいたが、土地の開拓をするため地雷を撤去しはじめる…。実話をもとに映画化された、チュエン監督の初長編映画。 感想・ 地雷撤去を描いた映画は意外にも少ない。不謹慎かもしれないが地雷撤去って最高にスリルを産む設定だと思う。アメリカがベトナム戦争で仕掛けた地雷を撤去する普通のベトナム市民というところからアメリカ批判や戦争批判を込めているのは間違いないが、爆発の瞬間が突然すぎるところに狙った感が無くあからさまにやってしまうよりは生生しい戦争の傷跡が心に残る。ただ子どもや女を犠牲者として重々しく描いていくところ、どこかおセンチ泣きを観客に期待しているようにも感じるか。 |
| 20:59 | ストーリー・ 8歳の少年ツァツィキは、ロックスターを目指す母と二人暮らし。まだ一度も会ったことのない、ギリシャで漁師をしている父に会うのが夢だ。ある日、プールで出会った警官のゲランがツァツィキの家に間借りすることになり、ツァツィキは母とゲランをくっつけようとするが、なかなかうまくいかない。やがてツァツィキは母と共にギリシャへと旅立つが・・・。 感想・ 少年の視点で描かれるお子様ムービーではない。少年の視点で描かれるのは間違いないが、母親に対する愛情の示し方、特に父親の居ない子どもにとっての大人の男の存在を丁寧に綴っていく様が面白い。たまたま出会った警察に心引かれるものの、彼が母を独占しかけると心は一変していく。この辺、子どもは無邪気とはいえ人間の親子の本能が良く出ている。そして後半から始まる父親探しんギリシャ旅では突然旅行ムービーとアイデンティティの発掘という豪快なテーマに移行していく。とはいえ最終的にはまた子どもが抱く男像へと帰ってくるところに貫かれた一貫性が見られた。 |
| 20:58 | ストーリー・ ヌーベルバーグ派の監督フランソワ・トリュフォーが青春時代のはかない恋を描いた恋愛ドラマ。二人の女性の間でかっとうする男性心理がきめ細かく表現されている。とあるフランス青年が美しいイギリス人の姉妹と出会う。姉は芸術家肌で穏やかな女性、そして妹は勝気な女性。対照的な二人の姉妹はそれぞれに魅力的で、青年は心惑わせる。やがて妹から愛されていることに気づいた彼は、彼女との結婚を決意するが・・・。 感想・ 映画でやってはいけない事(いやドグマじゃあるまいし、本来はそんな事ないけど)の一つ、ダイアローグ。映画って本来視覚メディアだし、産声を上げたときは音声なんて全く存在せずただただ映像に圧倒されるだけであった。前置きはいいか、簡単のこの映画の変ったトコロを言っちゃうと、映画は本ではない、というところだ。オープニングからいきなり役者達の演技の行間をダイアローグというカタチで示しちゃっているところ、インテリ気取りなヨーロッパ映画の嫌らしさ全快だ。これにノレルかノレナイか。恋愛劇は普遍的な対照的な女に揺れ動く男心を描いているのでその緻密な演出はさすがにトリュフォー映画なんだけれど、やっぱり構成の嫌らしさがハナにつけば終わりかも。ちなみに自分はこの嫌らしさ、初めは苦しかったけれど次第に快感になっちゃった(笑) 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:56 | ストーリー・ 7年前の事件で生存不明となっていた“タカ”と“ユージ”は、なんと韓国釜山で小型核兵器の闇取引をめぐる潜入捜査を行なっていた。そして2人は7年ぶりに横浜へと姿を現わす。しかし、帰国早々壮絶な銃撃戦に巻き込まれ、2人は若手刑事の水嶋と鹿沼によって港署へと連行されてくる。そこではかつての後輩トオルが捜査課課長となり、少年課課長にカオル、そして署長には松村優子と、すっかり様変わりしていた。ところが、港署では久々の再会を楽しんでいる余裕はなかった。ちょうどタカとユージが7年前に逮捕した凶悪銀行強盗犯の尾藤が脱獄、その一斉捜査が行なわれていたのだった。 感想・ 前作で死んだはずの二人が今度は核と勝負。びっくりすほど飛躍した物語、ストーリーの転がり方を見る限りかなり脚本がデタラメで行き当たりばったりだ。80年代という時代がタカとユージを歓迎していたのかもしれないが21世紀で同じようなことをやっても無理と気づいた製作者の次にとった行動が実際に世間をにぎやかす核と汚職。大きなテーマと二人はチグハグでラストには唖然。あぶ刑事はもうCMのマスコット的存在でしか魅力を発揮できないのかもしれない。 【画像は映画のワンシーン】 |
| 20:54 | ストーリー・ 文化大革命以前の1962年。中国・太湖のほとりの農村でサンサンは多感な少年時代を過ごした。大人になった彼は、かつての甘く切ない“小さな物語”たちを振り返る…。サンサンは草ぶき屋根の小さな学校に通っていた。校長は彼の父親で、家でもサンサンに見せるのは校長の顔。サンサンは甘えられずもどかしい。学校では色々な出会いがあった。隣村から来たちょっと陰のある女の子ジーユエ。禿げ頭のルー・ホー。優等生トゥ・シオカン。担任のジャン先生。そして、サンサンが奇病を起こした時、彼を背負い奔走してくれた、いつもと違う優しい父の姿を思い出すのだった。 感想・ 文化革命を経験した人なら感涙ものなのかもしれない。実際ラストで見せる点呼シーンは全く国も世代も違うのに自分が小学生だったころをふと思い出してしまうほどの素朴さだった。そう、本作は万国共通の思い出を頭によぎれさせる力を持っている。毎日出会う先生、嫌なクラスメイト、黒板特有の臭さ・・・・欧米人にとっては共通するところはさすがに少ないが、我々日本人を含むアジア人にとってはかなり近い学校生活が描かれ革命知らずともこの世界へはどっぷりと浸かれるだろう。 【画像は日本版チラシ】 |
| 20:52 |   ストーリー・ 1年前。香港のアジア銀行がある一味に襲われた。しかも一味は犯行後、自ら意図的に警察へ通報。そして彼らは、駆けつけた警察官たちを重装備で返り討ちに遭わせるのだった。対する香港警察のチャン警部は一味のアジトを特定、ただちに特捜部を率いて現場へ向かう。だが、そこには事件の早期解決に自信を持っていたチャンをあざ笑うかのごとく残忍な罠が仕掛けられ、チャンの部下たちは次々と倒されてしまう。かろうじてその難を逃れるものの、生きる希望全てを失ったチャン。そして彼は今、地に落ちた人生を送っていた。そんな彼の前に、新たな相棒として若いシウホンがやって来る…。 感想・ ―なるほど、確かにそっくりだ― ジャッキー・チェンがハリウッドから古巣に戻りあのシリーズを続行したが、プロットが弱すぎてジャッキーの魅力だけでは持たない。 ジャッキー自身は健闘しているんだ。問題はあくまでプロット。 日本の某踊る映画からそのまま拝借した犯罪集団の凄みのなさ・・・ ジャッキー相手では役不足、なのだが今回のジャッキーには覇気がない。衰えを隠せないシーンが連続するが観客を楽しませようとする姿勢はそのままに、ちゃんと滑り落ちるスリルは満載だ。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 06/11/14(火) | |
| 21:17 | ストーリー・ 名門・東応大学で法律を学ぶエリート大学生、夜神月。将来を嘱望される彼ではあったが、法による正義に限界を感じ、激しい無力感に襲われていた。そんな時、彼は黒い表紙に『DEATH NOTE』と書かれた一冊のノートを目にする。そこには、“このノートに名前を書かれた人間は死ぬ”の一文が。ためしに誘拐殺人犯の名前を書き込んでみると、翌日の新聞にはその男の獄中死が報じられていた。ノートが本物と悟った月は、自らの手で犯罪者を裁くことを決意するのだった。やがて連続する犯罪者の不審死が事件として表面化し、ついにインターポールが警察庁に送り込んだ天才“L”が事件解決に乗り出す。 感想・ ノートに書かれた人物が死亡するという筋を聞いただけでもお子様コミックの域を出れていないだろうな〜という予感はズバリ的中。ノートを手に入れてこの力で悪を征伐するという主人公の正義の倫理なんて描かず、物語は一本調子で警察と主人公の狸と狐の騙しあいが続くだけ、しかも途中でぶつ切りにされてそのまま後編を見なきゃ物語は解決しない。酷い仕打ちだ。2時間を越える上映時間で結局得れるものは安っぽいCGも慣れればなんてことなくなる、ということくらい。せっかく面白くなる正義の定義が目の前にあるのに素通りしていくとは何事だ!主人公の心理的な描写もほぼ皆無で能面演技を披露しちゃった藤原達也も見るに耐えない。 でも所詮漫画の映画化なんだ、割り切って・・・ね。 【画像は映画のワンシーン】 |
| 21:09 | ストーリー・ ある日、東京湾沖で訓練航海中のイージス艦“いそかぜ”が乗っ取られた。それは、副長の宮津と某国対日工作員ヨンファが共謀して実行したものだった。すでに艦長は殺害され、乗務員たちも強制的に退艦させられる。さらに宮津は政府に対し、全ミサイルの照準を東京・首都圏内に合わせたことを宣言するのだった。しかもその弾頭には、僅か1リットルで東京を壊滅させる特殊兵器“GUSOH(グソー)”が搭載されていた。政府が対応に手間取る中、艦の構造を熟知している先任伍長の仙石が独り、艦を取り戻しに向かうのだが…。 感想・ 手に汗握る対立で完全にハリウッドのクリムゾン・タイドが前提にあるのは間違いない。勿論今日問題の日本の防衛問題も含めているのでサスペンスと社会派が融合した傑作になっていた可能性もあった、と思うがこれって本質的にはハリウッドが毎年一本は公開するようなプロパガンダ戦争映画となんら変わりなく、皮を被った防衛庁の宣伝?とも勘ぐってしまう。とりあえず奮闘の真田他のキャストも実は織田祐二の超駄作『ホワイトアウト』と同じことをやっているということに早く気づいて欲しい。 【画像はポスター】 |
| 21:05 | ストーリー・ 次々と起こる超常現象が人々を襲うパニックホラー第2弾。自殺を図った若いカップル。少女は命を落とし、青年は3人の献血者により一命を取り留める。以来、少女の怨霊が献血者たちの前に現れるようになり、彼らは怪奇的な死を遂げていく。 感想・ 前作と比較してはいけない。カルマという邦題こそ続編のようにも思えるがホラーというだけで何の繋がりもない。正式な続編というよりは新しい映画カルマなのだ。 気味悪さが頂点に立つのはオープニングの自殺から救えなかった病院での一連のやり取り。和製ホラーのお決まりシーンと同じくビビらす要素をふんだんに取り入れ、首筋がゾッとするような死体の気味悪さが良く出た出だしである。ただ、怖く面白いのはここまでで、ここからは無理なB級ホラーへと成り下がる。前作も同じように途中からホラー映画としても散漫となる演出の連続だったが、前作のラストの感傷さは普遍的なホラー映画では味わえない上質のオチがあった。しかし今回はどうだろう。一向にB級通りを突き進み、最後まで突っ走っちゃう。B級テイストとしてはそれなりなのだが、前作のベタな感傷的オチを期待していると肩透かしを食らった気分だ。 【画像はDVDジャケット】 |
| 20:59 | ストーリー・ 2005年2月某日。警視庁の室井管理官が、自らが指揮を執った殺人事件の捜査が問題となり逮捕されるという思いがけない事態が発生する。逃走中に車にはねられ即死した被疑者の母親が、過剰な取り調べがあったとして刑事告発したのだった。警察の不正を暴くと意気込み追及の手をゆるめない灰島弁護士によって室井は窮地に追い込まれていく。そんな室井の弁護に当たることになったのは若き女性弁護士・小原久美子。はじめは、決して多くを語ろうとしない室井の態度に戸惑いと苛立ちを覚えた久美子も、徐々に室井の心を理解していくのだったが…。 感想・ 踊るスピンオフ企画第2弾、今までの娯楽お笑い路線を排除して最後の秘密兵器である室井を主役にさせた本作、結果から言うと、やっぱりこのシリーズの肌には合っていない。全編シリアス路線、特に前半の時間軸をいじるとはまでいかない回想的な構成はミステリーとしては上々だ。だがせっかく異色路線で突っ走るならそのまま突っ走って欲しかった。というのもまたまた犯人がショボイのだ。ラストは高笑いともう目が当てられず、こんな奴のために2時間室井が仏頂面をしていたのかと思うと…ある意味どんでん返しだが悪い方へ転がった悪い例だ。 【画像はDVDジャケット】 |
| 20:52 | ストーリー・ ロサンゼルス市警でFBI訓練プログラムを受け、警視庁初の交渉人となった真下正義警視。2003年11月24日、レインボーブリッジを封鎖して解決した“台場連続殺人事件”。真下警視は報道陣を前に事件の経緯を説明していた――。あれから1年。2004年12月24日、雪乃とのデートを約束していた警視庁交渉課準備室課長の真下に、室井管理官から緊急の呼び出しがかかる。地下鉄の最新鋭実験車両1両が何者かに乗っ取られ、複雑に張り巡らされた東京の地下鉄網を暴走、乗降客200万人の命に危険が及んでいた。そしてこの恐るべき事件を引き起こした犯人は、交渉の窓口に、真下を指名したのだった…。 感想・ 踊る大捜査線だってテレビシリーズを見ずに映画版を見てそのクオリティの低さと世間の騒ぎようのギャップに唖然としたのに、そのスピンオフが本家を上回るわけが無い。そんな偏見から入ったこの真下という安いキャラ主演のサスペンス、本格的なサスペンス映画を期待してしまうと肩透かしを食らうのは間違いないのだが、テレビムービーとしてみると見るに耐えないほどでもない。全体的なテンポはすこぶる快調でツボを抑えた犯人と真下の駆け引きがタイトル通りの交渉の魅力を引き出す。とはいえそこもまた本格派な雰囲気は流さず、どこか【ありそうな交渉】で終わってしまう。リアリティと緊張感が無いのがこの作品の致命傷。犯人にしてもリアリティを持たせるための設定が逆に仇となり、弱みがみえ、大物との対決と手に汗握る交渉が皆無なのはやはり交渉ムービーとしては辛い。 【画像はDVDジャケット】 |
| 20:49 | ストーリー・ 寛永十五年、徳川幕府のキリスト教弾圧に端を発した島原の乱は、天草四郎時貞を中心に、二万人近い信者が惨殺された。その夜、四郎の首は雷鳴とともに甦った。怨みをはらそうとする四郎は、やはり、生前に裏切られたり夢を果たせなかった人々を集めて、幕府に復讐を企てた。細川ガラシャ夫人、宮本武蔵、宝蔵院胤舜、伊賀の霧丸、柳生但馬守宗矩たちが集まった。頻繁に起る不思議な事件を、柳生十兵衛は魔界から甦った化者たちの仕業とつきとめた。ガラシャは四代将軍家綱に接近し、お玉の方に扮して大奥に入ることに成功する。家綱はお玉の方の体に溺れ、次第に狂気じみていった。 感想・ 天草四郎を真剣に描いた伝記映画と見れば呆気にとられて腰が抜けるかもしれないが、大真面目なコントの延長線と割り切れば別だ。宮元武蔵やら霧丸やら柳生十兵衛やら、日本史で出てきた歴史上の人物が夢の共演の末奇想天外な話を繰り広げる、そこには大袈裟な芝居と大袈裟な爆発やらがあり、演劇の超大型を映画というメディアを通して描いているだけのヘタなエンターテイメント、と考えれば腹も立たないだろう。どんなに脚本に穴があっても… 【画像はDVDジャケット】 |
| 20:46 | 4:30 ☆☆ ストーリー・ 大都会シンガポールの同じアパートに住む中国系の少年シアオウーと、その母親の代わりにシアオウーの面倒を見るはずの韓国系の男性ジョン。年齢も違い、言葉も通じない2人が共有するのは友情ではなく、同じ時間、同じ経験、そして孤独…。シンガポールで最も期待される若手監督が、現代の暗闇を生々しく描き出す。 感想・ とっても奇妙な友情だ。本編中、韓国人男性と中国人少年の交流とうことだが彼らのコミュニュケーションに台詞は殆ど存在せず、ただそこに居る安心感だけが映画を支配している。 言葉のやりとりを描かず、観客を二人の言葉の無い世界へ放り込むという演出は異質。同じ時間を共有する事で二人のコミュニュケーションが円熟して、見ている方も同じ時間をリアルタイムで過ごしているような錯覚まで抱かす演出か。面白い方向を模索した実験映画の域を出られないのが苦しいところ。 |
| 20:45 | ストーリー・ 日/仏合作のアラン・レネ監督作品で、「愛人(ラマン)」のマルグリッド・デュラスが原作・脚本を担当、アカデミー脚本賞にノミネートされた。映画の撮影で広島を訪れたフランス人女優が、日本人建築技師との1日だけの恋に身をまかせる中で、かつて第二次大戦下に愛し合ったドイツ人の恋人や当時の忌まわしい戦争体験の記憶にさいなまれる様を描く。 感想・ 幕が開けるといきなり13分間広島の原爆投下直後の映像が淡々と流れる。その惨たらしいこと。悲惨すぎる戦争の傷を見せられ戦争の真の被害者は国でも戦った男たちでもない、一般市民だ。という当たり前のことに改めて気づかされる。 とはいえ本作は戦争のみにテーマを当てただけの映画ではない。アラン・レネらしく大人の恋が主役。ということであくまでも戦争の話は恋の厳しさを盛り上げる為に出てくるのである。しかしこの過去の悲惨な記憶が情事の後の空虚さと意外にもマッチしている。 【画像は映画のワンシーン】 |
| 20:43 | ストーリー・ アメリカの人気作家ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウールリッチ)の同名小説を映画化したサスペンス・ミステリー。ヌーベルバーグの巨匠フランソワ・トリュフォーが監督し、名女優ジャンヌ・モローが連続殺人犯にふんして凄(すご)みのある演技を見せる。次々に起こる殺人事件。殺されてゆく5人の男たちのもとには、必ず謎の女性が訪れていた。そして被害者5人の意外な関連が明らかになる。 感想・ 結婚式で何者かに夫になる直前の恋人を殺された。女は死んでいく恋人から指輪を取り結婚に悔いを残し数年… 一見全く関係のない人物5人が次々と殺されてゆくという怪事件が発生、そしてこの5人の共通点とは。 トリュフォーにしては最もハリウッド映画に近い作風の本作は本格派のミステリー。謎の女性の復讐話をミステリアスな雰囲気抜群に描き、ジャンヌ・モローの冷徹さを120%まで引き出し同時に切ない愛まで語っちゃう。ミステリーの裏に真実の愛あり、トリュフォーらしい清いテーマを描いた作品だ。 【画像はDVDジャケット】 |
| 20:40 | ストーリー・ フランソワ・トリュフォー監督の初期の短編映画。映画批評家出身の新人監督として大いに注目されていた彼が、自分の幼年時代の思い出をベースに描いた青春ドラマである。南フランスの田舎町。五人のいたずらっ子たちが年上の美しい娘にあこがれを抱いている。彼女の姿を見かけては後を追いかけ、ちょっかいを出す少年たち・・・。反抗的で純粋な彼らの生き生きとした姿がつづられている。 感想・ およそ20分程度の短編映画、と侮るなかれ。単にガキが大人の女にあこがれを抱き妄想を繰り広げる様を描いただけだが、ガキの憧れる女像をとってもリアルに表現できていた。例えば映画館で憧れの女が恋人とキスを繰り広げている。これを目の前にしたガキたとはそりゃ興奮。中学生のころ誰しもが年上の女性への憧れを抱く、その妄想をたった20分弱で記憶を蘇られる力を持った短編映画だ。 【画像はDVDジャケット】 |
| 20:38 | ストーリー・ 大人は判ってくれない」の主人公アントワーヌ・ドワネル少年の苦い初恋を描いた青春映画で、5か国合作のオムニバス映画「二十歳の恋」の中の一編として製作された。反抗的だった少年アントワーヌも、いまや音楽好きの青年に成長。ある夜出かけたコンサートで美しい少女コレットと仲よくなった彼は、人を恋する喜びに目覚める。コレットの家の向かいに引越し、彼女の両親とも親しくなったアントワーヌだが・・・。 感想・ アントワーヌシリーズ、個人的に話だが見た順が悪かった。普通に大人は判ってくれないから順に大人になるアントワーヌを見守る形で時系列順に見ればそこそこ面白い一人間の大河的成長期だったかもしれないが、自分はこの『アントワーヌとコレット』を最後に見てしまった…なので完結編の『逃げ去る恋』はチンプンカンプンのオリジナルストーリーに見えてしまったのである。話としては青春の一ページという感じで短編にしては青春の苦さが良く出ていたと思う。順を追ってこのシリーズをリアルタイムで全部見れた人はアントワーヌと生きた青春を思い起こすかもしれない。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:36 | ストーリー・ フランソワ・トリフォー監督の自伝的映画「大人は判ってくれない」の中で描かれた主人公アントワーヌ・ドワネルのその後を描いた一作。この“アントワーヌ・ドワネル”シリーズは主人公アントワーヌを演じたジャン・ピエール・レオの成長にあわせて散発的に製作されてきたが、今回はその完結編となる。三十歳を過ぎたアントワーヌは働きながら小説を書いている。そんなある日、彼は偶然初恋の人コレットと再会し・・・。 感想・ 『大人は判ってくれない』の主人公アントワーヌの30歳ごろを描いた完結編ということだが、『大人は判ってくれない』自体にそれほどの思い入れがなく、御馴染みのアントワーヌという触れも全くなしで二十歳のころを懐古しているナルシストな主人公に大した共感は沸かない。がトリフォーらしい未練たらしい男のジメジメした様子が克明に描かれ、例えシリーズを見ずしてもアントワーヌという主人公が過去にどんな女性関係を経験したかが良く分かる作りだ。それには勿論過去の作品のフラッシュバックの多用という要因もあるものの、俳優ジャン・ピエール・レオ自身の俳優としての経験が語っている部分も多々あるのかもしれない。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:35 | ドント・ルック・バック ☆☆ ストーリー・ 15年間会っていなかった父親を受け入れることができない21歳の女子大生ジョンヒ、名も知れぬ女性の電話を盗聴し、その女性と恋に落ちる25歳の公衆電話管理人グヌ、兵役除隊間近となった最後の休暇で久々に家に戻り、愛する妻の変化にとまどう32歳のキム伍長。3人の若者の不器用な人生の瞬間や感情を、現在の韓国社会や文化を背景に、切なく、生々しく、等身大に描く。キム・ヨンナム監督の長編デビュー作。 感想・ 今年のロカルノ映画祭で高評だった韓国映画。3人の若者の人生を淡々と描いていく。盗聴する変人やら兵役直後の中年の危機やら、父親との狭間にゆれる女子大生やら、三者三様のエピソードが繰り広げられていく。未来が見えない若者の実像、青春の苦々しさがリアルに描かれていたがその先が見えないのが残念。未来は本作を見ている本人が作ってゆけという暗のメッセージでもあるのか?カッコぶらずにずばっと言いたい事言ってくれ! |
| 20:33 | ストーリー・ 上海を舞台に、愛と友情に裏切られた男と必死に生きようとする女を描いた感動のラブ・ストーリー。日本から転勤で上海に移り住む早瀬。彼は恋人と親友に裏切られ、生きる希望をなくしていた。そんな時、彼が出会った1人の女性ミン。彼女はホテルのフロントを務め、偶然の出会いから恋へと発展する。しかし、生きる希望をなくしていた早瀬が心よせるミンは、不治の病におかされていた・・・。渡部篤郎主演の日中合作映画。 感想・ いや〜渡部篤郎が隣国でこんな映画に出てたのね〜。韓国でホテルのフロントに恋をする日本人ビジネスマン。と言ってもそんなに濃い恋でもなく軽い恋でもない、あくまで人間としての支えという意味での恋。勿論病という原因が大部分を占めてしまっているので韓国映画、日本映画にありがちなスローペースのメロドラマに。しかしあまりベタつかずむしろカラッとした印象だ。それは恐らく韓国人女性ミンの周りのキャラクター達が明るく陰気でない部分からきているのかもしれない。 【画像は日本版ポスター】 |
| 20:31 | ストーリー・ 一流学校の哲学科に在学中の一八歳のオリビエ(R・ベルレー)は、ふと知りあった年上の女フレデリク(N・ドロン)に強く心を惹かれた。彼女は、有名なイタリア人レーサー、フォンタナ(R・オッセン)の愛人だった。ある日、インディ・レースの実況を見たいというフレデリクのためオリビエはテレビをくめんしたり、わざと英語の翻訳をたのんだりして彼女の関心をひくよう心がけた。そんなオリビエをフレデリクとしてもうれしくないわけはなかった・・・ 感想・ 若い年頃の男は熟れた女性に憧れる、このテーマ一本に絞って作られた本作には一途な男と優柔不断な女の物語。タイトルに色んな妄想をかきたてられるかもしれないが意外にも普通の恋物語である。わざわざ年上の女にしたところはやっぱり男の一途さが際立つからだろうか。男の女への嫉妬も怖いものである。 【画像は日本版ポスター】 |
| 20:29 | ストーリー・ 余命1ヶ月と宣告されたツルギは、青春時代を過ごした地へ帰ってきた。荒涼とした海岸線が続く浜辺の民宿には彼が唯一愛した女性、洋子がいるはずだった。だが民宿にいたのはユマという少女とその祖母、君江だけ。実は洋子は娘のユマが5歳の時に事故死、その時ユマも片足を失っていたのだ。死期が迫るツルギと、孤独を胸に秘めたユマは次第に心を通わせていく。そんな時2人は自殺しようとする青年を助けるが…。 感想・ 日本映画らしくゆったりとしたペースで丁寧に物語が綴られてゆく。過去のツルギと洋子の物語から自殺寸前のトガシ、洋子の娘のユマ。三人の登場人物たちが交流することで新たな自己を再見してゆく。ただそれだけのハナシに詰まっているものは人生の歓び、淡々とした海の映像とマッチした哲学っぽさにやや癖を感じるかもしれない。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:28 | ストーリー・ 警部アイアンサイドは引退し、妻とともにブドウ畑を経営することを待ち望んでいる。しかし、彼のリタイアは1本の電話によって邪魔されてしまう電話の主は彼の古くからの友人で今はデンバーの警察署勤務のエド・ブラウン。ついには殺人事件にまで巻き込まれることとなり…。 感想・ 鬼刑事アイアンサイド、と聞いてピンと来る人は70年代にテレビに釘付けになっていた世代だろう。自分もこのテレビシリーズについては全然知識がなく、93年に主人公が下半身不随となった新シリーズ帰ってきた鬼警部すら知らないという現状だ。だから御馴染みらしい登場人物が出てきても懐かしさは皆無だし、このシリーズのノリそもそもが分からず、普通のサスペンスの出来以上のものは得られなかった。 【画像はシリーズの原作本】 |
| 20:24 | ストーリー・ 霊山を抱く伝説の地、蜀山。ここでは、自然と一体になれた者だけに、完璧な剣の力が与えられると言われていた。数千年前、蜀山で善と悪の力が拮抗していた時代に、統治者であるはずの弧月が弟子の天宋に心を奪われたことで感情を乱し、剣の力が衰えてしまったことがあった。そのときに邪悪な力が増強され、魔界の者たちが峨嵋山の支配に乗り出して来たのだった。そして蜀山は今、超剣士たちが命を賭けて戦う、かつてない乱世の時代を迎えたのだが…。 感想・ や、やばい。見ていて内容が全く頭に入ってこない。多分作り手は内容よりもアクションシーンを見て欲しいんだろうけど、ここまで意味不明で飛躍しまくり&魔王やら仙人やら超人やらで固められたキャラを見ていると眩暈が。特殊効果にしても2001年当時の中国映画としては破格の出来だが、それでもやりすぎ感ばっかりで何が何やら。現象についての解説もないし、(あったら余計疲れるか)特殊効果とドラゴンボールがもし映画化されたらこんな映画になっちゃうかもという不安ばかりが募り、気づくとチャン・ツィーイーがまたまたアクションを披露している。アクション映画で内容がこれほど分からない作品も珍しいかも。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:23 | ストーリー・ 第二次世界大戦を背景に、悲しい運命にほんろうされたユダヤ人一家の姿を描いた人間ドラマ。何者かの密告によってゲシュタポに捕らえられ、家族とともに強制収容所に送られた少女サロメ。家族の中でただ一人生き残った彼女は、密告者を捜し出そうと決意するが・・・。 感想・ どうしてここまで眠気を誘うんだろう、やっぱりラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が延々とバックに流れているからだろう。こんな格調高いものをわざわざ流さない方が眠気がなくてスッキリと見れたんだけれど、まあハナシはユダヤ物ということでありきたりでまた眠気を誘うんだけれど… 【画像はポスター】 |
| 20:19 | ストーリー・ ハリガン刑事は組織抗争を捜査中、惨殺死体を発見する。その後次々に起こる連続殺人。やがて彼の前に現れたのは、あの恐怖の肉食エイリアン、"プレデター"だった。ハリガンとエイリアンとの決死の戦いが始まる…。 感想・ シュワ版のジャングルから舞台は一気に大都会へ。格調低いのがこのシリーズと言わんばかりに主演のダニー・グローバーとプレデターの戦いはシュワ版に比べるとさらにB級度合いが増している。しかし侮る無かれでプレデター映画はこれくらい安っぽい方が妙にしっくりきてしまう。B級といいながらも当時の視覚効果のレベルも高く、前作と同じ事をしていたら惨敗を感じたようで方向を転換した成功作だ。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:17 | ストーリー・ 1930年代初頭の中国・広東。弟のパオが阿片の密輸に手を染めていることを知った猿拳の達人・ビルは、組織の陰謀により、重傷を負わされ、川に落とされてしまった。それから一年。猿拳の手引き書を作るためにビルを捜すタクとカイは、猿拳を操る美少女と出会う。そして二人は、奇跡的に命を取り留めたビルの姿を目にするのだった…。 感想・ とにかくアクション、アクション、アクション。連続でしかもこのアクションが面白い。特にラストにかけての入り乱れて、しかしどこか大袈裟感の無くこじんまりとしたアクションがこの物語にピッタリ。様々な拳法で頭をカラッポにして見たい一作だ。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:16 | ストーリー・ 幼い頃に両親を亡くしたジバゴは成長して医者となり、兄妹同然に育てられたトーニャと結婚した。やがて第1次大戦に巻き込まれ軍医として戦地に派遣されたジバゴは、かつて自殺しようとした自分を止めてくれた女性・ラーラと再会する。ラーラにも夫がいたが、二人は次第に惹かれ合ってゆく…。 感想・ キーラ・ナイトレイがまだ大作映画に出る前に出演したテレビムービー。メロドラマのリメイクながら大作感は大きい。しかも単にオリジナルの名作映画をなぞるだけでなく、新解釈としての主人公ジバゴとラーラノ関係もテレビムービーとしては上出来だ。妥協の無い4時間という長丁場こそこの物語にピッタリ。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:14 | ストーリー・ 化学兵器に詳しいFBI捜査官が、テロリストにハイジャックされたジェット機に潜入して奮闘する姿を描く。政府専用のジェット機をテロ・グループが突如ハイジャック。機には、副大統領が乗っていた。テロリストたちは、ロスを壊滅させることのできる化学兵器を持ち、服役中のボスの釈放を求める。テロ対策に詳しいFBIの捜査官がステルスで機に潜入、一人ずつ彼らを倒してゆくが……。 感想・ いくらB級映画とはいえやって良い事と悪いことくらいわきまえてほしい。なんたってこの映画、ラストはまんまエグゼクティブ・ディシジョンだもの。それでもB級にしては楽しめるアクションシーンがいくつか、でもどこかで見た映画なんだよね〜、B級映画としては正攻法の作りで気持ちいいんだけど・・・ 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:11 | ストーリー・ テロリストにより占拠された豪華客船で、元陸軍の警官が単身挑むパニック・アクション。警官のジョンは、妻とともに客船で旅に出た。が、突如武装したテロリスト集団が船を襲撃。彼らの目的は積荷である美術品を奪取し、船を爆破して証拠を隠滅することだった。計画を知ったジョンは、テトリストに挑むが、流れ弾がオイルに引火して爆発が発生。船は沈没をはじめる。ジョンと妻は最下層のデッキに隠れるが、水圧が彼らを襲う。 感想・ 落ち目の頃(ザ・ホワイトハウス出演前)のロブ・ロウが主演した海洋パニックアクション映画。意外に金が掛かった作りでラスト付近はCG全快、といってもその質がまたB級感全快で・・・スケール感の大きい話だけれど美術品を盗むテロリストと闘うっていう設定がまたやるせなさ全快だ。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:09 | ストーリー・ 大手銀行の頭取の娘メイシーは親への反抗心から日本人ビジネスマンと結婚することに。しかし、結婚式目前、男は姿を消してしまう。メイシーはひょんなことから同行することになった青年ユンと共に男の行方を追って東京へ。そこで二人はある事情で同じ男を探す探偵リンと出会う……。 感想・ トニー・レオン、イーキン・チェン、ケリー・チャン、仲村トオル、阿部寛、遠藤久美子・・・・・あれっ?と思うキャスティングだけれど意外な拾い物。確かに役者達の演技がチグハグで、阿部とトニーが噛み合わないところもあったけれどアクションのキレで全て帳消しに。東京が舞台なのにイマイチ東京らしさが出ていなく、これって別に香港が舞台でも良かったんじゃ・・と思う刹那は多々あれど日本人視点で日本人が普通に撮られているのはハリウッドの行きすぎ感とは正反対で好感触だ。ただ大袈裟なアクションを披露する舞台が東京のその辺の路地裏だとか、どこか東京観光した気分になれないのも事実か。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:07 | ストーリー・ 沖縄のとある場所に立つホテル・ハイビスカス。外見は古く、客室も一部屋しかない宿だが、このホテルを営む人たちはみな明るくやさしい個性的な顔ぶれ。三線とビリヤードが得意な父ちゃん、働き者で美人の母ちゃん、黒人とのハーフのケンジにぃにぃ、白人とのハーフのサチコねぇねぇ、そしていつもくわえタバコのおばぁ。小学3年生の美恵子はこんな“インタァナソナル”な家族に囲まれ楽しい毎日を過ごしていた。男の子以上に元気はつらつな美恵子は、今日も同じクラスの親友ガッパイとミンタマーを引き連れ、森の精霊キジムナー探しに繰り出した…。 感想・ キムジナーという精霊を探して遠出した先で少女がであったものとは・・・ アメリカ軍基地。 ノー天気で泡盛し放題の映画なのに気がつくとピリッとしたゴーヤの苦さが含まれ、それでいてやっぱりソーキソバのような暖かい人情が全面に出ている。なんたって1ヶ月3000円で泊まれるホテルですぜ。 ストーリーが殆ど欠落していてエピソードの積み重ねで成り立っている映画ってあまり上手く機能できないけれど、沖縄の陽気さと少女の憎たらしいが母親の旅行に心寂しく思う軸のストーリーがしっかりしているからこそ成り立っている映画なのかもしれない。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:05 | ストーリー・ 高校時代、親友同士のシューヤウとチャンリーは、コンサートでミュージシャン志望のホークァン(金城武)と出会った。シューヤウとホークァンは恋に落ち、それを複雑な気持ちで見つめるチャンリー。時は流れ、日本で再会したホークァンとシューヤウは、再びひかれあうが、彼はすでに家庭を築いていた・・・。 感想・ 一人の男と二人の女の3角関係を描いた秀作ラブストーリーとか謳われているけれどただのメロドラマじゃないか。確かにカレン・モクは健闘していて繊細な演技を披露しているが金城といい、ジジ・リョンといい… 20年という歳月を淡々と描いているのも映画が単調になっている要因だ。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 20:01 | ストーリー・ ニューヨーク西47丁目の第21警察署。ある午後のこと。刑事部屋は夜の簡易裁判を待つ若い万引き女(リー・グラント)や、ネタ探しの記者、難題を持込む市民達でにぎやかだった。主任モナハン(ホレース・マクマホン)を訪ねて来た弁護士シムスは、依頼人シュナイダーを出頭させるが担当のマクラウド刑事は乱暴者だから人権を尊重してくれとねじこんでいるところへ、当のマクラウド(カーク・ダグラス)が店の金をつかい込んだ青年アーサー(クレイグ・ヒル)を連れて戻って来た。マクラウドは署の前で妻メリー(エレノア・パーカー)に会って来たばかり、さっそく青年の恋人を電話で呼び出すと、駆けつけたのは彼女の妹スーザン(キャシー・オドネル)であった。 感想・ なんでもこざれのアメリカ映画界の職人ウィリアム・ワイラーが挑んだ警察内のいざこざはやっぱり外部からの問題では終わらせない。外部から出てきた話を内部とリンクさせ、しかも一番の重大事を主人公の問題とぶつけてくる。まさか自分の身内から飛び火した問題が出てくるとはと目玉を真ん丸くさせるカーク・ダグラスははまり役。邦題のように探偵ミステリーを期待しても仕方ないが、ウィリアム・ワイラーだもの人間ドラマの枠内で起こるいざこざを丁寧に描いていくその姿勢、さすがは職人技だ。 【画像は日本版DVDジャケット】 |
| 19:59 | 本日これより10〜20ほどの映画感想文をアップ予定 |
| 06/11/13(月) | |
| 23:26 | 「PlayStation2」(PS2)の一部のソフトで動作に不具合が発生することが、11月13日までに分かった。不具合が 発生するソフトは11月 11日時点で少なくとも約200タイトル存在しており、画像表示や音声再生が正常にできない などの現象が見られる。 これについてSCE広報担当者は「PSおよびPS2のソフトは8000〜9000ある。問題があるのはその一部のソフト。 音が聞こえない程度であれば、我慢すれば遊べるので問題ないと思う人もいるだろう。ハードの進化による 非互換の問題は他社(のゲーム機メーカー)を含めて業界として知られていること。当初から互換率は100%では ないと考えていた。PS2の時はゲームプレイの進行に支障をきたすソフトの一覧を公表したが、PS3では(不具合の) 症状に併せて遊んでもらうことができるようにするため、それら(各ソフトの不具合状況)を細かく書いていくスタ ンスを取っている」としている。 ---------------------------------- でもプレステ2のソフト1枚も持ってね〜から関係ね〜笑。 ブルーレイに不具合が出たら訴えるけどね(笑) ゲームオタには一大事なのか?ってかPS3買う奴普通PS2持っているだろ。自分みたいな映画オタじゃない限りね |
| 18:21 | でもなんだか2chのゲーム版見ているとXBOX360で去年発売されたリッジレーサー6と比べて殆ど映像に変わりはないんだとか。 コースが増えてコントローラーの振動がなくなったとか…まあ振動よりもワイヤレスで結構なんですがね。 映画はブルーレイで『ファンタスティック・フォー』を視聴。 ふ〜〜自分はSD端子&28型ブラウン管なので現行DVDとの差は殆ど分からず。 まあそれを承知で買ったんだけど、映画本編中に出てくるポップアップメニューはとっても使い易い。本編再生中にチャプターやら特典映像の項目を選んだり出来るんです。これは現行DVDでも採用できないのかな。 それにしてももう来年あたりに40型レベルの液晶買うしかないな〜金貯めよ。 そうそう、お家の部屋でLAN無線のカード使ってネットしている人は絶対に6万3000円の60GB版を買ったほうがいいよ。 自分は無線LAN買わなきゃネットに接続できない部屋なのに20GBの有線のみ対応版買ったからPS3をネットに繋げなくてPS3の可能性を殺した感じ。 今のところ無線LANの後付は不可能らしいから。 将来映画の配信とかもあるかもしれないので、絶対PS3はネットに繋いでなんぼのハードだと思います。 20GB買った自分がちょっと情けなく思えてきた・・・ ネットに繋ぎて〜〜〜〜〜〜 【画像はマイPS3(20GB)】 |
| 06/11/11(土) | |
| 15:35 | という訳でまずはリッジレーサー7と『ファンタスティック・フォー』のBDを購入。 先日買ったウィル・スミスの『最後の恋のはじめ方』と合わせてBD2枚目購入です。 もうDVD買いません宣言・・・嘘(笑)現行DVDもキルスティン関連はBDで出ない限り買うよ。 さて早速リッジレーサー7をプレイしてみました。 その前に、ワイヤレスリモコン、イイね〜〜 続く・・・ |
| 15:25 | ゲーム機購入スーファミ以来なんだけど高級&存在感はとてつもない。 つーことでゲーム機だものまずはゲームしなきゃね。 アマゾンから本体到着前に急いでソフト買ってきました・・・そのタイトルとは・・・ 続く |
| 15:01 | |
| 06/11/10(金) | |
| 18:08 | http://www.ifilm.com/presents/spiderman3 冒頭からもうMJとピーターはラブラブ、なんだかパート1からは信じられない絵だな〜 サンドマンも登場、べノムはトファー・グレース演じる写真家、そしてあの人の息子と・・・ 復讐、恋、アクション、友情。盛りだくさんすぎてちょっと心配だな〜(笑) |
| 17:39 | 初回出荷が8万台というPS3、なんだか当日手に入れる為に今日から並んでいる人も居るそうですが、明日は雨なので頑張って下さい。 ところで先日思わず買っちゃったウィル・スミス主演の『最後の恋のはじめ方』のブルーレイディスクを買ったのはいいのですが、未だにゲームソフトは何を買ったらいいのか・・・ 当初PS3予約しようと思った時はブルーレイ目的だったんだけど、実際ゲームの映像見たら凄いですな。 モトクロのゲーム面白そうだけど発売まだなのでとりあえず、リッジレーサー7とレジスタンスでも買おうかな。 それにしても魅力的なソフトがないね。いきなりドラクエとか出てくれれば大喜びなんだけど。(ボクはFF派では無いんで) |
| 06/11/05(日) | |
| 22:52 | まあ、感想は近いうちにアップしようと思っているのですが・・・ う〜〜ん、上手いこと『ヴァージン・スーサイズ』と『ロスト・イン・トランスレーション』を組み合わせてナ〜ってな感じの作りです。 この2本が大好きな人は絶対に嵌ります。 裏返して、嫌いな人は体が拒否反応示すかもしれません。 かくいう自分は『ヴァージン・スーサイズ』はあんまり好きじゃなく、『ロスト・イン〜』はまあまあ好きな方なので、 『マリー・アントワネット』もまずまず楽しめました。 結局ソフィア・コッポラが監督だと割りきって楽しむしかない、そんな映画です。(分かりにくいプレビューでした〜) ちなみにキルスティンは、綺麗に撮られているシーンもあれば・・・に撮られているシーンもあり。 オスカーでは美術賞、衣装賞のノミネートは確実でしょう。巧くいけば撮影賞も。 【画像は日本版チラシ】 |
| 15:53 | ウィル・スミス主演のHitchこと最後の恋のはじめかたを買いました。 いや〜それにしてもヨドバシは結構入荷しているのね。 次世代規格のHD DVDの真横にブルーレイのコーナーがあってすぐどっち派だか分かるという…先行して発売されているHD DVDに人だかりはゼロだったけれどものめずらしい+PS3効果で結構ブルーレイコーナーには物色している人集まってました。 で、右画像が今回買った最後の恋のはじめかたのブルーレイソフト。 パッケージはブルーで統一、現行DVDよりもちょっと薄く小さくなりました。 存在感重視のコレクターにしてみればちょっと残念な反面、小さい小さいと初めは騒がれた現行DVDでさえ集めれば結構なスペースをとるのでまぁこんなもんかと妥協。 現行DVDの初期の値段と同じ4980円ってのも良心的に感じられる。次世代のくせにお値段は庶民派なんだよね、それでも現行DVDは1000円程度にまで下がったけれど次世代はここまで下がらないだろうな。 (続く…) 【画像はブルーレイ版最後の恋のはじめかた】 |
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